時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

情けなかった。久しぶりの窯焚き。

一年ぶりに窯焚きをしました。

今回は薪窯を経験したいと、チリ在住の若い日本人の女性が一緒でした。

焼き物を始めて3年の彼女ですが、勉強家で毎日土と真剣に向き合っていて、私はとても良い刺激を受けました。

10日間我が家に滞在し、我が家の蹴轆轤で、我が家の粘土で、いくつか作品も作っていきました。

 

大安吉日、満月の14日 午前6:00に焚き始めました。

私は偉そうに口だけ出して、薪入れは彼女にすべて任せました。

トイレに一回行った時だけ窯の前を離れましたが、それ以外は食事も窯の前で取り、ずっと炎を見続けていました。その集中力に頭が下がりました。

 

私は温度計を使わないので、炎の色と作品の光具合で窯止めの時を決めます。

11時間後。

正直もう少し粘ったほうがいいな、と思いましたが、一緒に入れた友人の作品が歪んだり溶け始めるのが怖かったのと、良くなったとはいえ怪我が完治しておらず、疲れが早く出てしまって気持ちが緩みました。

彼女はまだまだ平気そうでしたが、「結構いい焼きだと思うから、窯どめしよう」と判断しました。

温度計をなぜ使わないのか?と聞かれたので、薪窯の醍醐味は炎を見る事だと思うし、炎の色で判断したいし、数字はあくまで数字だし、私は研究者じゃ無いから実験数値は必要じゃ無いし…と理由をグタグタ述べましたが、正直なところ温度計を買うゆとりがない事と、高価な温度計は私には猫に小判だと思っている事が大きいです。

 

さて3日後、待望の窯開けをしました。まだほんのりと暖かい窯の中へ入って懐中電灯で作品を照らして、私は「はあああああ~~」と声にならない声が出ました。

焼きが甘いかもとは思っていましたが、まさかこんなにも酷いとは思いもしませんでした。あと2時間以上は焼き続けなければいけませんでした。

落ち込む私に彼女は、すごく楽しかったし、とても勉強になった。と言ってくれましたが、私は自分が情けなかったです。

炎をもっときちんと見なければけなかったのです。体調が万全じゃなかったというのは、言い訳と甘えでしかありません。

「温度計を使わない」と豪語するなら、こんな失敗は決してするべきじゃないのです。

使った3立方メートルの松の薪にも申し訳なかったです。

 

本来なら一年に一回の窯焚きが、薪の準備や作品数から言って私のペースですが、今ムラムラと再挑戦の気持ちが燃え上がっています。

これから風の季節で窯焚きは難しくなりますが、家の暖房用に準備した松薪を使ってでも夏前に絶対焼こう!と決めました。

 

やり続ける事。諦めない事。自分を甘やかさない事。学ぶ事。

 

窯焚きは私に多くの事を教えてくれます。

 

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