時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

前へ進むと言うことは色んなことがあって面白うな

9月21日 はアルゼンチンでは春の日です。そして同時に学生の日でもあります。

この日は学校はお休みで、学生達は公園や広場、湖などに集まってマテ茶を回し飲みしながら騒ぎます。最近は親子でのマテ茶の習慣が無くなってきていますが、この日にマテ茶デビューする子も多くいます。

私には無縁な日ですが、今年は先住民マプーチェの血を引く男の子(15歳)の、日本語の個人授業の日に当たりました。我が家まで車で30分、天気のいい日は1時間半かけて歩いて来ます。いつもお母さんと年の離れたお姉さんが付き添って来ます。

学校に行っておらず、家からあまり出ないようで、それでも私の所へは週一回通って来てくれます。初めはあまり話さなかったけれど、今では家でネットで調べた事や、興味のある歴史の事なんかを話してくれます。私のスペイン語能力では彼の話が聞き取れず、ちんぷんかんぷんな会話になる時もありますが、それはそれで楽しいです。学生の日の記念に、私が作ったトトロのお線香立ての焼き物をプレゼントしたら、お母さんも彼もこちらが恐縮する程喜んでくれました。

彼の大切な人生の一部に私が重る事が出来たのだから、これからも彼の心に残るような時間を過ごしたいと思っています。

ところで、その彼が一冊の教科書を持ってきました。

自然科学と社会科学の小学校の本です。多分20年くらい前の本で、伯父さんからもらったと言っていました。

見せてもらって度肝を抜きました。1冊で2冊の価値があるみたいな…。

社会科学を読んだ後、ひっくり返すと自然科学の本に早変わりです。こんな面白い本、初めて見ました。アルゼンチンではよくあるのかと思って、アルゼンチン人の友人に写真を見せたら、「初めて見た。面白いねえ。」と私同様驚いていました。

この国では公立は幼稚園から大学まで完全無料です。ですから個人に教科書配布はありません。

私立の学校に通っている場合は、学校指定の教科書を買うようです。この本も伯父さんが使っていた教科書なんでしょう。

私個人は学校へ行く義務は全然感じていません。私自身学校は好きではありませんでした。でも私の時代は病気以外で学校を休むのは罪悪という風潮で、管理教育の世界の中でがんじがらみに縛られていた気がします。

今でも付き合える友人に出会えたり、体育や音楽、美術などいろんな経験が出来たり悪いことばかりではありませんが、死ねたらいいのにと思った時期や今でも許せない先生がいるのも事実です。

だから日本語に興味を持って私の所に来てくれる子がいたら、大切にその気持ちを受け止めたいと思っています。それは私という人間を大きく成長させてくれる掛け替えのない存在でもあります。

 

さてさて今年もボランティア受け入れの時期が始まります。でもボランティア用にする家にはトイレが無く、今ある簡易バイトトイレは普通の人には可也り衝撃的なようで、新しく作ることにしました。ありがとう農場プロジェクトを一緒に始めようと思っていた1人が、ここをコミュニティにしたいと言う希望があり、私とは意見が合わずに抜けましたが、バイオトイレ作りだけは協力してくれることになりました。そこで最初の受け入れの来月7日までには完成させようと友人にも協力を頼んで悪天候の中始めました。

それぞれが自分の仕事もあり日曜日にしか集まれませんが、少しづつ形になってきています。

基礎作りと柱はたちました。これから壁をはり、屋根をつけ、一番大切な便座を作ります。そしてある程度バケツに溜めた物を捨て発酵させる箱も別の場所に作ります。

またご報告します。

今年はどんな出会いがあるのか楽しみです。

貴重な教科書

柱が立ちました

 

還暦の自慢

朝起きて嬉しいびっくり


日本の昔話、姥捨山スペイン語を見つけました。

有名な話で知ってはいましたが、日本語教材に利用しようと改めてしっかり読んでみて、非常に驚きました。

姥捨に行く年が、何と60歳だったのです。

赤いチャンチャンコを着て還暦祝いをしているのは、とても年取ったお爺ちゃんお婆ちゃんだと、子供の頃感じていました。

それが…先日私がその還暦を迎えたのです。我ながら驚きです。

去年の誕生日の翌日、街でマジン地区の水源地を含む広大な土地を買い占めたイギリスの大富豪が高級住宅街を作ろうとしていることに反対する大きなデモがありました。

私も参加しました。その時、集まった知り合い、友人から、「誕生日おめでとう」の言葉をたくさん頂きました。嬉しくてつい

「来年は還暦(アルゼンチンでは女性の年金受給開始年齢)だから、記念の誕生日パーティ開くからね」と、言ってしまいました。

勿論その時は本気でそう思っていました。

ところが、冬の間に猫の福が亡くなり、冷蔵庫が壊れ、水ポンプも壊れ、洗面所の排水が漏れるようになり、雨漏りが2箇所で始まり、ネズミが天井で騒ぐようになり、PCが一つ使えなくなり、農場プロジェクトを一緒に始めようと思っていた男性が抜け、久しぶりに車のタイヤがパンクし、犬が敷地内に入ってきた子供をおどし、謝ったその日の夜、親がFBに激怒文を載せ、台所の床の一部が割れ、と、落ち込むことが続きました。

それで暫くは静かに隠れて暮らしたいと思い、パーティーはやめにしました。でも本当は自分が主人公で何かをする事が苦手で、問題が続いたことを言い訳にしていた気がします。

でも当日、朝起きると、今同居している女性が、おめでとうと部屋を飾っていてくれ、お昼前には友人が料理の材料を持ってお祝いに来てくれ、メールやWhatsAppに友人たちからの心のこもったメッセージが届き、別の友人はお祝いとして、寒い中、犬達の電柵作りの手伝いをしてくれ、日本語の生徒さんからも手作りのお祝いが届き、夕方友人宅に行くと、サプライズで家の中に日本語でおめでとうのメッセージが貼ってありました。

それは両手で数えられるほどの数ですが、それでも嬉しさでパンパンになった心が、大きく弾けました。そしてそれは私が自分の足で立って、よろめきながらも少しづつでも前へ進んできた証なんだと思いました。

一人で勝手に落ち込んでいた自分を恥じました。

誕生日は自分のためじゃない。全てに感謝する日なんだ。

この世に生まれさせてもらったこと。今生かさせてもらっていること。私としてここに存在していること。支えてもらっていること。

愚痴や悩みを言えばきりがありません。でも解決し改善し、学んでいく事こそ意味がある事なんです。

自分の生き方を自慢できる自分でありたいと強く思いました。

 

書き込み頂いたネズミ対策。

相変わらずネズミは同居していますが、走る回数は確実に減りました。でも何よりも、天井をゴンゴン叩いていた時より、静かで優しく、自分の気持ちが落ち着きます。

ありがとうございました

 

日本語を知らないのに サイトで探して手書きです

 

春が始まるよ〜

9月になって、パタゴニアも春が近いと感じる時が増えました。

 

テロという名のシギ科の野鳥が、巣作りにやって来ました。甲高い声で鳴いて飛び回っています。

この鳥は、木の枝などに巣は作らず、だだっ広い地面の上、人のいる近くに巣作りをします。

我が家にも移住当初はひらけた場所に毎年巣を作って子育てしてくれていましたが、大型犬を多頭飼いするようになってから、犬たちに追い回されるので来なくなってしまいました。

それで今は鳴きながら飛び回っているテロ見て、春を感じています。

猫柳の花はとうに咲いていたのですが、木が大きくなりあまりにも上の方で気がつきませんでした。

陽だまりでは水仙の蕾がほんのり黄色く染まっています。

りんごの蕾も微かに膨らんできて、私はいつも、木が膨らんで歌い始めたと感じています。

チューリップもムスカリも緑の葉が地面から顔を出し、日に日に伸びていきます。

 

朝は霜が降り、真っ白になっていますが、畑の準備を始めなければいけません。

最初にそら豆やエンドウ豆を蒔きます。

直播の人参、赤ビート、レタスやアセルガ、からし菜などはもう少し先になります。

 

毎朝、販売用の豆腐を作るので大量のおからが出ます。とても食べきれないので、肥料にします。お陰で去年はエンドウ豆とレタスが大豊作でした。

今年は食用に、こちらの野生ゴボウを畑に蒔いてみようと思っています。

 

ここより100メートル標高の低い街は春の訪れが早く、行く度に花が増え緑が濃くなっていて目を見張ります。

若い頃、特に学生の頃は、新学期が始まる不安で春が苦手でしたが、年を取った今は春の訪れを楽しめるようになりました。

 

毎日があっという間に終わります。

後から後から頭を抱えるような問題が起きて来ます。そして頭を抱えながらも、人に助けてもらいながら、それなりに解決している自分がいます。

この歳になって、自分の世界は自分が作っているんだと実感しています。

心の持ち方一つで自分を取りまく世界が大きく変わっていきます。

変化は怖いけど、それ以上に大きな可能性が拓けていく事も分かりました。

今生きている事を、大切にしたいです。

 

 

 

固い蕾の水仙

 

迅速支払いだと良いんだけどな。

8月も半ばを過ぎると、そろそろ畑の準備が始まるのですが、今年は雨と雪の日が多く、ほとんどの人が何も出来ずに天気待ちをしています。昨日から大雨だったのが、夜のうちに雪に変わり、あたり一面銀世界に逆戻りしました。

寒さは続いていますが、それでも外の水タンクに薄く氷が張っても凍る事はなくなりました。

 

世界中のインフレ。アルゼンチンも例外ではありませんが、これはもう何十年も前から続いていることで、半ば慣れてしまっています。

生活は大変ですが、これだけ物の値段が上がっていくと、その勢い、速さに「お見事!」と、妙な感動を覚えます。日本語教室の生徒さんが、私の授業料が安すぎると自ら値上げしてくれました。コロナ以降、日本語は少人数にしか教えていませんが、楽しいし私自身の頭の運動になっているし、便乗値上げみたいな事は嫌だったので、返って生徒さん達に申し訳ない気がします。

 

コロナになってから、一気にオンライン化、カード化が進みました。私はアルゼンチンの口座は持っていません。年に一度、有機大豆を1トン近く購入するときにはどうしても銀行振込になります。ですから一度口座を持とうと銀行に行きました。ところが無職の私は面倒な手続きをしなければならず、しかも口座維持費が結構かかるので、アホらしくてやめました。

幸い自分の口座を使って送金してくれる友人がいるので、申し訳ないと思いつつ甘えています。

電気も無い、車も持たない生活ができれば別ですが、なかなかそういう訳には行かず、銀行振込が出来ないと電気代支払いなど生活に困ることもあります。

そういう時は町のpago fácil という代行支払いしてくれるお店に行きます。

ここは手数料は取らず有難いのですが、いつも人の列が出来ています。という事は、アルゼンチン人であっても口座を持たない人がいかに多いかという事です。

私の様に固定収入がないという人もいますが、個人情報を取られ政府に財産を把握されるのはごめんだという人や、過去に何度か突然の口座閉鎖があり、銀行を信用していない人もいます。

これはエルボルソンという町柄であるのかもしれませんが。

 

ここへ来て、色んな問題が一気に起こってきました。一瞬気持ちが落ち込んで危うかったですが、一晩寝たら「さーて、これらの問題をどう解決していこう。」とやる気が出てきました。

すぐには解決できない事ばかりですが、時間をかけて焦らず絡み合った糸をほぐしていけばいいことなんだと思います。

ほんの数年前まで、些細なことで落ち込んで泥沼にどんどん沈み、周りの顔色ばかり気にしていましたが、今は

「なんとかなるさ!どうって事ないよ!この私がどんな風に解決していくのか楽しみだ!」と、笑える自分がいることに驚いています。

年を重ねるという事、自分の足で立つという事は、とてつもなく素晴らしく力強い事なんだと感じます。

 

人生は面白いです。

 

 

少し古い写真でマスクの人が写っています。今はマスクをしてい方が稀です。

 

歯医者事情

少しは涼しくなりましたか?


8月になっても、パタゴニアはまだまだ寒い日が続いています。

2週間前に降った雪が、日陰に残っています。

我が家での停電は4日ですみましたが、ボルソンを挟んで反対側にある地区の友人宅では10日間も停電だったそうです。

我が地区と違い、街に近く開けた場所なのに、電線に余程大きな被害があったのでしょう。

 

さて今朝歯医者に行って来ました。

こちらへ来てから病院に行ったことは有りませんが、歯医者だけは最低でも年に一回はお世話になります。

もう何軒の歯科院にお世話になったことでしょう。最初は無料の公立の歯医者に行きましたが、予約を取るのに3ヶ月くらいかかり、予約日は早い者順に診察なので、運が悪いと半日待たされるし、麻酔がない、機械が壊れたとかで診療が受けられないこともあって、ただより高いものはないを実感し、それ以来行くのを辞めました。私立の歯医者もいろいろあって、評判がいいところは治療費が高くて予約も早くて2週間後。それでも応急処置に毛の生えたような感じのところが多く、すぐに予約が取れることろはまあ…何というか、1週間も経たないうちに見事に詰め物がはずれたり、噛み合わせが変になって歯が浮いてしまったりと、散々苦労して来ました。

診療は先生1人で、助手も衛生士さんもいません。

それでも歯だけは寝て自分の免疫力で治すということは出来ません。

私のパタゴニア生活での一番と言ってもいいくらいの憂鬱でした。

 

けれども、去年やっとやっと、私に合う歯医者さんと出会えました。

彼女の携帯へ直接予約ができるし、返信も早いし、ちゃんと名前を覚えて名前で呼んでくれるし、私の都合の良い時間になるべく合わせてくれるし、何よりも麻酔が上手で痛くないことが嬉しいです。

安くはないですが高いとも思いません。

今回は急なお願いだったので、診療前の空き時間を見つけ9:00の予約を入れてくれました。

家を出るのはまだ薄暗い時間で寒さは厳しかったですが、雪も雨の降らず、道が凍って硬い分運転しやすかったです。(午後になると溶けてドロドロ道になるのです)

いつも、どんな状態でこれからどういう風に治療するのか、どうするのがベストか丁寧に説明してくれるのですが、何とも早口で、私のスペイン語能力ではついていけず、「はいお願いします」とさも理解した様に答えています。

 

この歳になっても歯医者へ行く前は怖くて緊張します。

でもこれで暫くは問題なく過ごせるでしょう。

入れ歯にはしたくないし、かと言って歯がないまま過ごす豪快さもありません。だから歯並びが悪くても、治療した歯ばかりでも、いつまでも自分の歯で過ごしたいと思います。

 

最近、夜になるとネズミが天井裏を走り回り、ガジガジと木を噛む音が聞こえます。

街には毒薬しか売っておらず、毒を使うのは流石に可哀想だし、卑怯な気がするので困っています。音がしたら下から箒の柄でゴンゴン叩いて驚かすのですが、そんな事で怯む相手ではありません。

超音波のネズミ避けがネット通信で売っているのですが、効果あるものなんでしょうか?

みんなは猫を飼えといいますが、自分の年を考えたら、猫の一生の責任が持てないし、犬達との関係も気にかかるしで家族として受け入れる決心ができません。

それなら、ねずさんと一緒の暮らしを楽しもうと思うのですが、走り回る音を聞くとイライラし、寝不足になりながら、箒の柄で天井をゴンゴン叩いて脅してしまいます。

何か良い方法はないものでしょうか?

 

 

 

 

北半球の猛暑にパタゴニアの寒気を送ります

 

エディちゃんからの忠告

毎日雨が続いています。どこもかしこもびしゃびしゃです。山には1メートル以上の雪が積もっていると、山から降りて来た人が言っていました。

夏の干ばつは山に雪があるかどうかで違って来ますから、私は雨の多い冬を大歓迎しています。

パタゴニアと言っても、ここは雪国ではありません。雪が降って積もっても、数日すると雨に変わり溶けてしまいます。

ですからみんな雪には慣れていません。多少の雪ならチェーン無しのツルツルタイヤで強引に車を走らせます。当然接触事故も林に突っ込んで立ち往生している車も多いです。

ですから怖がりの私は雪が降ったら車に乗りませんでした。

 

先週の木曜日、10kgの豆腐の注文があり、前日から用意していました。

当日の朝は曇りでしたが、8:00から雪が降り始めました。

でも降り始めだから急いで街へ行って帰ってくれば良いと出発の準備をしました。ですがものすごい勢いで雪が降り積もり始めました。雪もいつもの水分を含んだ重い雪ではなく、サラサラの雪。スキーには最適ですが、これから山道を下りて街に行こうとしている私には最悪でした。

でも今日行かなければ10kgの豆腐はキャンセルになってしまいます。初めての雪道ではないし、行こう!と決めました。

チェーンはありませんが、エディちゃん(私の車)は四輪駆動で、タイヤも結構良いものを履いています。ゆっくり落ち着いて行けば大丈夫。唯一怖いのは対向車だけど、この時間ならまだマジン村に登ってくる車はいないでしょうと考えました。

 

そして深呼吸をして出発しました。

ところが何時ものベタ雪とは違い滑るのです。

 

「怖い」

「いや大丈夫!」

 

10kgの余った豆腐と金銭的損失を考えると引き返す決断もできないまま急な下りに差し掛かりました。

すると途端に加速し、滑り始めたのです。

一番低いギアで走っていましたし、ブレーキを踏む事も出来ません。ハンドルをどう回せば良いのかも分からず、下手な事をして大事になったらと怖くて、ただひたすら流れに任せていました。

エディちゃんは滑りながら、対向車線に行き、ゆっくりと180度回転して止まりました。

一気に力が抜けました。

当然そのまま坂を登って引き返しました。

 

家に着いてからしばらくエディちゃんから下りられませんでした。

ありがとう。よく頑張ってくれたね。無理させてごめんなさい。

ハンドルを撫でながら、何度も繰り返しました。

 

10kgの豆腐は水を切り、味噌漬けにして保存しました。

久しぶりに燻豆腐を作ろうと思います。

この燻豆腐、ものすごく人気があり、いつもお世話になっている人たちへの最高のお礼となります。

 

豆腐を売りたいというせこい気持ちで冷静な判断が出来ませんでした。

もし対向車がいたら、もし崖側に滑っていたらと思うと、自分の幸運を心から感謝しました。

 

「雪道は自分がちゃんと走っていても、他の車が滑ってくるから怖いのよね。」

などといつも言っていたので、その当事者がお前だろ!と恥ずかしくなり、大いに反省しました。

 

まだ冬は続きます。9月でも雪が降ることもあります。

臆病者の鈍臭い自分をしっかりと認識し、事故のないようにしたいと思います。

雪はこうして楽しむのが一番!

 

2022年の後半の始まり始まり

えっ!

2022年も後半。凄い!

毎日特に何もしていないけど、今ここにこうして居られることが、奇跡のようで楽しくて有り難くて嬉しくてたまりません。

今年は雨の多い冬です。移住当初を思い出させてくれます。あの当時も冬は毎日雨雨雨。どこもかしこもぬかるんでぐちゃぐちゃでした。敷地の道は轍に水が流れ、農場の真ん中には小さな小川が出来ました。

乾燥化で小川はここ数年干上がったままでしたが、今は小川の流れる音が聞こえます。

ひどかった雨漏りも屋根の掃除をしてもらい治りました。

雨が時々雪に変わります。でも車で移動できないほど多くは積もりませんし、2、3日で溶けてしまいます。

雪景色はいつ見ても綺麗です。日本では珍しい山の無い雪の降らない土地で大きくなりました。人生の半分近くをここで暮らしているのに、未だに山が見えるというだけで旅行しているような新鮮な気分でウキウキします。

 

町に住んでいる移住の大先輩、今年93歳になる友人のお母さんは私が遊びに行くといつも

「時子さんは偉いね。」と言ってくれます。

その言葉の後には、「あんな不便な山奥(アルゼンチンの都会に住んでいた彼女にはそう見えるようです)に1人で住んで…。」というちょっと哀れみを合わせた気持ちの言葉が続きます。

素敵でしょ!

以前は正直反発する気持ちもありました。

「私はあそこが大好きで毎日楽しいんですよ。」と言い返したりしていました。

でも今は、素直に「ありがとうございます」と言えます。

自分が楽しんで充実しているのだから、どう評価されても全て受け入れられます。

 

日系二世の娘さんは日本語を話しますが、お母さん以外の家族とはスペイン語です。日本人の旦那さんは四年前に亡くなり、スペイン語のよく分からないおばさんは私が日本語で話す事を喜んでくれます。同じ昔話を毎回毎回話してくれます。私も毎回毎回同じ箇所で驚いたり、笑ったりします。

それは彼女の中では、毎回毎回懐かしい、楽しい、人と分かち合いたい新鮮な話題だから、私も新しい気持ちで受け取ることができるからです。

 

もう一人で料理したり出かけたり出来なくなりましたが、その余った時間を本を読んだり、川柳を作ったり、編み物をしたりしています。

先日私にプレゼントをくれました。

「恥ずかしいから家に帰ってから開けなさい」と言われ、帰ってから開けてみると

手間のかかる丸い形の綺麗に縁取りされた手作りの鍋つかみでした。

勿体無くて使えないと思ったけれど、物は使ってこそ生きるんだと思い直しました。

 

私の人生の中で宝物がどんどん増えていきます。

私も周りに暖かい思いを残していきたいと思います。

家の前から