時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「ごめんね。ありがとう。きちんと向き合っていくからね。」

我が家は主燃料が薪です。農場には立ち枯れの木、植林の松がわんさとあって、燃料の自給は出来ます。でも、立ち枯れの木があっても、それを切って運んで割る作業があります。よく「呑気でいいね」とか「いつも何をやってるの?」と聞かれますが、時間があるとひたすら薪準備をしているのです。大変じゃないとは言えませんが、でも私は薪準備の木こり仕事が大好きです。それはこんな労働が出来る自分の体に感謝できるし、木に囲まれ犬と一緒に過ごせる時間を幸せと感じるからです。
去年は冬に思った以上に 薪を使い、色々あって今冬の薪準備が間に合わないかもしれない状況になっていました。人を頼んで農場の木を切ってもらうことも考えましたが、この国で仕事を人に頼む事は、それはそれは面倒で気を使います。それで思い切って友人の紹介で薪を買う事にしました。友人価格で売ってもらえましたが、量は10立方メートル、トラック一杯が最低限でした。届いた薪を見て、正直凄い量にきちんと整理できるかどうか不安になりましたが、そんなことを思い悩むのは時間の無駄。やるしかありません。
幸い義父から譲ってもらった日本製のノコギリが何本もあり、私でも可なり太い木が切れます。1日の大半を薪準備に費やしました。
届いた木は立ち枯れの木だと思っていましたが、3分の2は生木でした。木の種類もマキ、ラダール、ニレ、ラウラなど自生の木です。これは我が家の自然林そのままです。つまり、何処かの場所でごっそり自然林が無くなったということです。
私が買ったから切られた訳では有りませんが、無造作に運ばれて来た木を見て泣けてきました。
友人が心配して太い木はチェーンソーで切ってあげると言ってくれましたが、私は自分の手で切ろうと決心しました。一本一本のこぎりで引きながら、斧で割りながら、ごめんなさい。ありがとうを繰り返しました。私に出来る事はそれだけだと思ったからです。
人は多くの命を犠牲にして生きているんだと感じました。本当の自然の輪に中には入れません。だったら素直にそれを認め、エゴと向き合い、感謝していくしかありません。
もっと年をとったらどうするの?と聞かれますが、心配はしていません。それは、きちんと自然と向き合っていけば、一番良い方法が見つかると信じているからです。

20年前、隣人から分けてもらった一株が、見事に増えました。
私は勝手にパタゴニアレンゲと呼んでいます。

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