時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「偉いね。幸せって自分で見つけるものなんだね。」

一年前の夏、動物愛護協会から1匹の雌犬を引き取り「お嬢」と 名付け ました。
姫とも仲良く遊んだし、私は家族が増え楽しく幸せでした。
でも半年過ぎた頃から日中ふいっと姿を消す様になりました。殆ど吠えない子で、人懐こく顔も可愛いし、近所の鶏や羊を襲うこともないので、気にはなっていましたが、それほど心配もしていませんでした。
日中の2、3時間何処かへ行っていて、夕方は帰って来ていたし、朝ごはんの時間前には必ず玄関の前で待っていたのですが、段々不在の時間が長くなり、 12月には入る頃には朝ごはんの時間にもいない時がありました。
世の中は犬好きな人ばかりではありません。鶏や子羊が襲われる事もあり、散弾銃で容赦なく犬を撃つ人もいますし、野うさぎ用の罠にかかってしまう可能性もあります。
流石に心配になって、目の届かない時は可哀想でしたが繋ぐようにしていました。
パタゴニアの12月は 夏の始まりで日照時間が長くなり、観光客も増え、私は街に行くとぐったり疲れてしまいます。12月15日日本語教室で街に行って、帰ってから明日の豆腐作りの準備や薪ストーブの掃除などして日課の農場の見回りに犬達と行ったのですが、その日は特に疲れていて、ちょっとのつもりで林で休んだらいつの間にか寝てしまい、気がついたら辺りは薄暗くなっていました。姫は側で心配そうに待っていましたが、お嬢はいません。そしてその日を境にぷっつり姿を消してしまいました。
「絶対大丈夫、帰ってくる」と悪い想像はしないように努めて 待ってはいましたが、不安でたまりませんでした。
ところが、半ば諦めかけた2週間後、朝玄関を開けると当たり前のようにそこにいたのです。痩せてもいないし、毛もツヤツヤしていて、怯えた様子もなく、誰かが大切に可愛がっていてくれたんだと一目でわかりました。
「ああ良かった。お帰りなさい。もう何処へも行かないでよ。」お嬢の頭をくしゃくしゃになるまで撫でました。
ところが数時間するとまたふっつり姿を消してしまったのです。そしてそれからは私がそろそろお嬢に会いたいなあと思う頃、ふわりと帰って来て、気がつくとまたいなくなるという繰り返しになりました。
きっと誰かがお嬢の新しい家族になったんだと思いましたが、矢張り側にいて欲しかったので、クリスマスの日、帰って来たお嬢を鎖で繋いで何処へも行かないようにしてしまいました。お嬢はおとなしく繋がれて鳴くこともなく横になっていました。
ところが翌朝4時に起きて、一番にお嬢に会いに行きましたが、繋いでいた杭が外れ、鎖ごと姿を消していました。
最悪です。明るくなるのを待ってお嬢がいつも帰ってくる方向へ探しに行きましたが、何処にもいません。引きずって行った鎖が何処にも引っかからずに、無事新しい家族の元へ帰ってくれることを祈るしかありませんでした。
ところが、その日の午後、お嬢がまたひょっこり姿を現したのです。誰かが首輪ごと鎖を離してくれたのです。お嬢を抱きしめながら、自分の愚かさを反省し、助けてくれた人や帰って来てくれたお嬢に心から感謝をしました。
お嬢を自由にしよう。この子はパタゴニアの自然や神様に愛されているんだと思いました。
「新しい家族はどんな人?紹介してよ。」お嬢にお願いしました。
それからもお嬢は1週間に一回は会いに来てくれていました。
そして2月になりました。
その日600リットルの水タンクを購入、エルボルソンのお店の人と我が家に運んで来ました。帰り道を間違えないように途中まで私が同伴し、別れた後歩いて帰って来ました。何時もは車で通る道を久しぶりに歩いていると、クラクッションを鳴らす車があります。アメリカから移住して来たディアナさんです。
「わあ久しぶり!元気?」
挨拶をしに近づくと、なんと、後部席にお嬢が座っているのです。
「この子、我が家に居つくようになったけど、何処から来たのかわからないの。でも本当に良い子で可愛くって。リラ(アメリカから連れて来た秋田犬)が亡くなって寂しかったけど、この子のお陰でまた楽しくなったわ。」
ディアナさんの話を聞きながら、胸が一杯になりました。
お嬢だとは言えませんでした。「可愛いね」と頭をなぜながら、「良かったね。彼女と一緒なら、幸せになれるよ。もう私に会いに来なくって良いよ。新しい家族を紹介してくれてありがとう。」と心でお嬢に話し掛けました。
胸が一杯で、今どんな名前なのか聞き忘れましたが、そんなことはどうでも良い気がしました。そして今度は私からお嬢に会いに行こうと思いました。
お嬢、幸せをくれてありがとう。

寄生植物なのか木に巻きついて大きくなっていく蔓性の植物の花が咲いています。花のないこの季節に、農場を飾ってくれています。



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