時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「いつも目の前に。ザワザワ」

地名には残っていませんが、私が子供時代過ごした町には富士松という名前が色んなところに付いていました。
小中学校、役場の支所、私鉄の駅名。
昔、富士山の様に大きな松があったからだと聞いたことがあります。小学校の頃、校長室に掛かっていた大松の写真も見た記憶があります。ただ残念な事に、その松がどこに、いつ頃まであったのかは分かりません。
今アルゼンチンパタゴニアの我が家には松がたくさんあります。世界最強の植物なんて言った人もいるくらい、種が飛んで芽を出しどんどん増えていっています。成長もとても早く10年も経つと、鋸で切り倒すのが大変なくらい良く育ちます。
ここでは松は帰化植物だし(松ぼっくりの化石が発見されているので自生植物だと主張する人もしましたが)、成長が早く他の植物の害になると嫌われています。乾燥地帯の緑化に松の種を蒔こうとしたら、自然保護の団体から自然生態が変わると大反対にあったそうです。
確かにその勢いには圧倒されるものがありますが、私はどんな所でも育ち、ポプラや柳の様に突然倒れたり折れたりせず、シプレスの様に枯れたりしない松は、パタゴニア緑化の原動力になる気がします。しかも焼き物の窯焚きの主原料ですし、根元には数種のきのこが生えてきてくれるので、我が家では大切な木です。
切る時期を逸して大木になった松が、我が家には数本あります。樹齢たかだか50年位ですが、近くにいるだけでどっしりとした気持ちが伝わってきます。
風の強い日は、木全体がギイギイ音をさせて揺れています。また冬でもフサフサの緑の葉が風に共鳴してザワザワ歌っています。
玄関を出ると正面に大松が見えます。農場で5本の指に入る大きさの木です。
私は毎朝一番にこの木に挨拶します。冬の今はまだ薄暗く松が薄闇の中でそびえ立っている様に見えます。風に葉がザワザワゆれ、時にはゴウゴウ唸っています。
雨の日も晴れの日も毎朝欠かさずに挨拶し、ここで一緒に過ごせる事を感謝します。
木の一生は人の一生の様に短く儚くはない筈です。でも山火事や伐採や気象変化でパタゴニアの木はどんどん消えていっています。
我が家の大木になった松達。いつまでも、思いのまま、このまま大きく伸び伸びと育っていって欲しいと思います。人が増え、木が切られ、周りが家だらけになっても、我が家の松達は伸び続け、いつかパタゴニア富士松になって欲しいと思います。この先、ずっと先、私じゃない誰かが、毎朝一番にこの松に挨拶してくれている姿を想像するだけでとても楽しい気持ちがします。
写真ではよく分からないかも知れませが、日本の松葉が2本なのに、パタゴニアは3本です。