時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「歳月」

日本の田舎から我が家に来られ滞在した方の殆どが、我が家の自然の動植物の種類の少なさに驚かれます。一見緑の多い自然のように見えますが、私もここは決して豊かな自然だとは思えません。日本の田舎の方がずっとずっと豊かで美しいと思います。
でも私はここが好きです。パタゴニアにはパタゴニアの美しさがあり、それは決して他と比較するものでは無いと思うのです。
日本の田舎の多くは過疎化で、緑がどんどん増えているようです。昨年、半ば諦めていた日本帰国を義父の援助で実現できました。そして日本の田舎へ行く機会にも恵まれました。
「日本の田舎は本当に綺麗だよ。作物もどんどん出来るし、自然に咲く花も種類が多いし木も大きい。」とある日本人の方から言われました。
確かに自然の逞しさ豊かさをひしひし感じました。美しいと思いました。
でも私は寂しかったです。それは大きな木があっても、側へ行って抱きつく事が出来ませんでした。根元に寝転がって一緒に過ごす事が出来ませんでした。もしそうする事が出来る場所があっても、観光地として整備されていました。
それに引き換え、此処には例え小さくても抱きつける木があります。私だけの寝っころがれる場所があります。一番美味しい時期に木からもいで食べられる半野生のリンゴも李もあります。
時々「こんな所で1人でいて怖く無いの?」と聞かれます。
1人でいる時それが楽しいとは決して思いません。でも怖いと思った事はありません。良く知らない場所だったら怖いと思うでしょうが、此処では少しも思いません。それはいつでも私を支えてくれる自然の命の温かさを感じる事が出来るからです。きっとこれが20年以上一緒に過ごしてきた私達だけの歳月の重みなのです。
寝袋を持ち出して野宿して星を見た藪。フカフカの松の落ち葉、風に答える木々の声、光る様に流れた星。寝息が聞こえるほど近くに居てくれた犬の姫。
苔むした幹にもたれて座って「ありがとう」と言い続けたシプレス林。
花びらが風に舞って桃色に染まった林檎の木の下。
まだまだ有る私だけのとっておきの想い出と場所。
そして此処まで私を導いてくれた多くの人達にも感謝の気持ちが溢れます。
だから、ずっとずっと先、私と同じ様にこの自然に守られ、元気をもらい、共に過ごしている多くの人達の為に、今私にできる事をやっていこうと思っています。


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