時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「ぶれないこころ コケコッコー」

つい最近見た忘れられない映像があります。
人に体を持たれた一羽の鶏を正面から撮っていました。鶏は顔を上げまっすぐ前を向いていました。そして鶏を手に持った人が静かに鶏の体を上下左右に動かしました。
鶏の体は当然動きます。でも前を向いた鶏の顔は全く動かないのです。ずっと同じ位置で少しもぶれないのです。私は感動してしまいました。
「凄い。鶏って凄い。」
思わず大きな声で言ってしまいました。すると同じ画面を見ていた人が
「鶏だから当たり前じゃん。」
何をそんなに驚くことか?と呆れた様に言ったのです。
そうか、そうなんだ。鶏だから当たり前なんだ。でもその当たり前はやっぱり凄いと思いました。
私はいつでも人の言葉や態度に自分がゆらゆらと揺れ、決心も信念もぶれてしまいます。毒のある言葉を吐かれると、自分の気持ちが揺らぎ、悔しさや憎さばかりが先に立って、そんな言葉を吐いてしまった心の寂しいその人を許す事が出来なくなります。
そして本当に大切な事を見失ってしまいます。
でもそれは間違っているんです。
どんなに毒のある言葉でも、ナイフのように切り裂く言葉でも、自分の心がしっかりしていれば、そんな貧しい言葉に気持ちがぶれる事はないはずなのです。
真っ直ぐに前を見つめた鶏がそれを教えてくれました。
そしてそれは鶏が苦労して悟った事でも、学んだ事でもなく、当たり前の事だったのです。

きっと鶏だけじゃなく、私の周りの動物たち、鳥たち、昆虫たち、植物たち、石や粘土だって、真っ直ぐに前を見つめぶれない心を持っているのです。それに比べ、私はなんて弱い駄目な生き物なんだろうと感じました。

幾つになっても学ばなければいけない事、学ぶべき事は山のようにあるんだと思います。そして私の周りの自然の中には、素晴らしい師が溢れているのです。心をもっと研ぎ澄まさなくてはいけないと反省しました。

暦の上での春はまだ先ですが、猫柳の蕾は膨らみ、水仙の芽も出始めました。タンポポの葉のお味噌汁もそろそろ味わえるでしょう。
今ここにいる、それはそれだけで本当に素敵な事なんだと素直に思えます。