時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「そまる指先」


動物は好きでした。子供の頃から犬や猫を飼っていました。日本では観光牧場で牛や馬、小動物の世話をする仕事をしていました。とても楽しかったです。でも植物には余り興味がありませんでした。花を育てたり、野に咲く花を愛でたり名前を覚えたりする事はありませんでした。

でもパタゴニアで緑に囲まれた暮らしの素晴らしさを知りました。植物の心を少しは感じられる様になりました。共に過ごす時間の安らぎ、楽しさを知りました。

パタゴニアは秋に向かい始めています。昨年は果樹の大豊作でしたが、今年は春先の低温でか実を付けていないものが多いです。勝手な解釈ですが、植物達が実を余りつけないのは、無理して子孫を残さなくても安心して繁栄していける環境だと判断したからで、きっと豊かな冬と春が訪れると思っています。

リンゴやプラム、桃や花梨は毎年ジャム、ドライフルーツにしています。以前はリコールにつけて果樹酒にしたり、発酵ジュースを作ったりもしていましたが、今は飲まなくなったので作っていません。

果実以外にも生食出来る実を付ける自生の木があります。その代表が「マキ」と呼ばれる木です。

一本が大きく真っ直ぐ育つのではなく、株の様に何本もの幹が出て、大木にはなりませんが、5m6mと伸びていきます。強いのか弱いのか、枯れてしまうものも多いですが、株が死んでしまうことはなく、何本かは必ず残り、新しい芽を出していきます。

枯れた幹は私でものこぎりで引きやすい太さで、薪にしてもシプレスの様に爆ぜる事はなく、松の様に煤が溜まる事もなく、ポプラや柳の様にあっという間に燃え尽きてしまう事もないので、とても扱いやすい木です。

この木は春に葉が紅色に変わり、春の紅葉を楽しませてくれます。そしてこれはチリ人の方に教えてもらったのですが、葉はお茶にもなります。そのまま葉をかじると口の中で粘って、多少渋みはありますが天然のガムの様です。花は小さく白く、よほど気にしていないと見過ごしてしまいます。けれどもそれが実になると、一気に注目を集めます。

鮮やかな紫色の小さな実は、熟すととても甘くて美味しいのです。野鳥も大好きです。そして紫の鮮やかな色のフンを車の窓ガラスなどに残していきます。村の子供達も口や手や服を染め食べていました。ただここパタゴニアでも最近の子は室内でコンピュータばかりしていて、以前の様に泥んこになって遊ぶ子がいなくなって寂しいです。

種が大きくジャムにすると少し食べにくいので、私は蜂蜜に漬けて紫の天然ジュースを作っていました。この液を使うと薄紫色の綺麗なスポンジケーキが作れました。

歳をとり、小さな実の収穫が大変になって来たことと、ケーキを焼く事もなくなったので、ここ数年は散歩の途中に実を摘んで口に放り込むだけになってしまいました。

今年は熟す時期が2週間ほど遅れ、今が最盛期です。

実を摘むとそれだけで指先が紫に染まります。染まった指先を見ながら、いつまでもこうして、何の躊躇もなく木からそのまま実を口に入れられる環境をこれからも残していくべきだと、それが私たちの義務だと感じています。



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