時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「かりんの実 ワクワク」

日本では「桃栗3年柿8年、ゆずの大ば○20年」と言う様ですが、本当なのでしょうか?日本の豊かな土壌と気候では、種を播いてからたった3年で 桃や栗が収穫出来るのでしょうか?パタゴニアに長く暮らしていると、その年数の短さがにわかに信じられません。
我が家では成長の早いリンゴやサクランボでも芽を出してから実がなるまで、早くても10年はかかります。でもそれを特別遅いとも感じません。
移住当初は農場に大きな果樹が無く、隣人達の農場のリンゴやプラム、すももなどを羨ましく思っていました。秋に果実を食べきれないほど収穫し て、ジャムやジュースを作るのが夢でした。ですからあらゆる種をせっせと播きました。

クルミや栗は芽を出してもなかなか大きくならず、今でも私の背より低いですが、リンゴとプラムとサクランボは、気が付くと農場のあちこちで芽を 出し成長し、果実を結ぶ様になっていました。

ところが不思議な事に、カリンだけはいくら種を播いても芽が出ませんでした。
我が家には一本だけカリンの木があります。これは引っ越した年、最初に仲良くなったスッコットランド人の移住者の方が、記念にくれた苗が育ったも のです。
家のすぐ横の日当りの良い場所に植えたのですが、とても成長が遅く、花もなかなか咲きませんでした。
5年くらい前から、ちらほらと花が咲く様になり、その都度「やっとカリンの実が収穫出来る!」と喜こぶのですが、一度も実を結んだ事がありません でした。

ところが20年目の今年、初めて小さな実が付いたのです。
花はいくつも咲きましたが、実になったのは3つ。けれども2つが落ちてしまい、結局たった1つの実が育っています。
ほわほわの毛に覆われた小さな実。
20年ぶり、いえ、芽を出した時からなら25年以上ぶりでしょう。

カリンの実が実るまでの25年は決して早い時間では無いでしょう。でも早い遅いを考えるのは人間の浅はかさの様な気がします。
このカリンはこのカリンの時間を生きてきただけです。

我が家へ来た人たちが時々「そこでは時間がゆっくり流れている気がする。そこにいた事が夢の様な気がする。」
と帰って行った後メールをくれます。
私はこんなゆっくりと流れる時間の中で、ゆっくりと生きる命達に囲まれて過ごせる事を幸せだと思います。

初めての、たった一つのカリン。
生食は出来ない果実なので、どうやって味わおうかと思案中です。やはりみんなで楽しめる様に、カリン酒にでもしましょうか?
そしてゆっくりゆっくり熟成させて、特別な日に乾杯する事にしましょう。
その時、私の周りにはどんな風景が広がり、どんな人たちに囲まれていることでしょうか。
その瞬間、みんなが心から笑っていられる事がカリンに託した私の夢です。