時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「ワールドカップは始まったけれど」

日本人にアルゼンチンで連想する事を挙げてもらうと、殆どの人がサッカーと言います。これは1986年メキシコワールドカップでのマラドーナの印 象が強いからでしょうか。私の様にサッカーに全く興味が無かった者でも、マラドーナの名前だけは知っていたので、彼の人格はともかく、功績は大き かったと思います。
さて、現在ワールドカップがお隣ブラジルで開催されています。
移住当初は私も周りの雰囲気にのまれ試合結果を気にしていましたし、アルゼンチン戦は友人の家にテレビを見せてもらいに行ったりもしていました。 我が家にテレビが無いと知った友人が、「ワールドカップをテレビ観戦できないなんて・・・。」と頼みもしないのに、わざわざ子供部屋の白黒テレビ を持ってきて貸してくれた事もあります。
ワールドカップは国を挙げてのお祭り騒ぎで、何をしても「ワールドカップだから」と許される雰囲気がありました。
前回のワールドカップでは、アルゼンチン戦が日本語教室の時間と重なっているのを忘れ、試合が終わるまで文化センターが開かずに(職員がテレビ観 戦していて誰もやってこずに)寒空の中、外で待っていました。
スーパーでは大型テレビが設置され、その前に並んだ椅子は店員が占領していました。
都会ではアルゼンチン戦中は交通量も減るとか・・・。
でも私はもともとスポーツ観戦をする趣味は無かったし、年と共に偏屈になってきて、周りと合わせようという気持も無くなって、今年のワールドカッ プには関心がありません。唯一気にしているのは、アルゼンチン戦が日本語教室と重ならないかどうか位です。
それに以前はこんな田舎に住んでいてもテレビが無くても、ワールドカップ熱は伝わって来ましたが、時代は変わったのか、今年はその熱がかなり低い 様な気がしています。
日本語教室には10歳から20歳までの若い生徒さんが男子7人、女子5人いますが、サッカーに熱中している子は誰も居ません。日本語を学んでいる 子はサッカーに興味が無いと言うのが定評ですが、それにしてもこの無関心さはどうでしょう・・・。話をふっても盛り上がらないし、家族もみんなた いして興味が無いそうなのです。
アルゼンチンと言えばサッカー。南米と言ってもサッカー。そんな時代はもしかしたら終わろうとしているのかもと思ってしまいます。
でも何だかんだ言いながら、こうしてワールドカップを話題にしているんですから、やはりここはサッカーの国アルゼンチンなんでしょうね。

6月になって数日快晴の日が続きました。心細くなっていた薪の蓄えが出来、少しほっとしています。
昨年の様なガラスも凍る程の寒波はまだありませんが、曇天が多く空気が湿気っているので、かえって寒さを感じます。
寒さを楽しむから、寒さを乗り切るに変化している自分の心に気付き、ああ,年とったなあ〜と感傷にふけっているこの頃です。