時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「タダより高いものは無い」

顔が悪い。
性格が悪い。
頭が悪い。
目が悪い。
記憶力が悪い。
私の悪いところは山ほどありますが、目下一番の悩みは「歯が悪い」事です。体の不調はただただ寝る事で復活できますが、虫歯だけはどうにもなりません。
詰め物が取れるのはもう年中行事。これは飲み込まない様に気をつけ、その詰め物を持って歯医者へ行くことで解決できます。けれども虫歯はお手上げなので、随分気をつけて来たつもりでした。ところが昨年末、 右の奥歯で噛むと歯が押さえつけられる様な嫌な感じがするようになりました。最初はあまり気にしていませんでしたが、日に日にその感じが強くなります。そして年明けにはついに冷たいものが沁みる様になってしまいました。インフレのアルゼンチン。治療費に一体いくらかかるのか・・・ と考えるだけで気が重くなりましたが、歯医者に行く以外に解決法はありません。それで1月13日に何時もお世話になる歯科医院に予約を取りに行きました。いつも通り大げさに「虫歯が痛むんです。なるべく早い予約お願いします。」と訴えたのですが、「2月は先生の夏休みだから一番 早くて3月27日。」との返事。驚きましたが、緊急事態ではないので待つ事にしました。
で、そのまま治療費を貯めながら待てばよかったのですが、友人から「○市立病院の歯科医の△先生は評判が良いよ。」と教えられ持ち前のドケチ 根性が出てしまいました。
公立病院は無料なのです。エルボルソン市立病院の歯科は何時も患者が一杯で、運よく予約が取れても待ち時間が何時間もあるし、機械が壊れた、 麻酔が無い、ストでドタキャンなどと問題が多く、はなっから行く気はありませんでしたが、○市は穴場 かもしれません。ガソリン代を差し引いても私立歯科の治療費よりずっと安く済みます。それで早速予約を取りに行ってみました。
ところが受付のお姉さん「先生の診療日は明日。予約は早い者勝ちだから朝一番、7時半に来なさい。」と素気ないのです。
「今予約だけでも出来ないんですか?」
「出来ません。」
こんな場合、余程の友人関係やコネが無いと無理なので、翌朝まだうす暗い6時半に家を出て病院に向かいました。驚いた事に受け付けにはもう 20人近く並んでいましたが、内科、外科など歯科以外の患者さんでした。待つ事1時間半。やっと私の番です。
「歯科お願いします。」
「診療は午後から。4時か5時かどちらが良い?」
「えっ?今診てもらえないんですか?」
「午後からよ」
予想外の展開でした。仕方が無いので4時に予約して家に一度戻りました。
そして再び午後片道35kmの道を運転して病院へ。
評判の良い△先生。4時の予約の筈なのに、出勤されたのは4時45分。さすがアルゼンチンです。でも出勤されただけでも感謝するべきなのでしょう。
実は待っている間、とても違和感がありました。公立病院の歯科となれば予約、急患でいつも人があふれているはずなのです。それが1時間近く待っている間、誰も来ず静まり返っていたのです。○市の人は歯の治療をしないんだろか???
ちょっとゲイっぽい先生。愛想はよく、私の下手なスペイン語にも根気よく付き合ってくれました。
「じゃ、最初に検診しますね。」
「お願いします」とあーんと大口を開けると、上から下へと丁寧に診ています。
そして「全部上手に治療してあるわね。凄いわ。」と感心することしきり。 そりゃあそうでしょう。10年前とはいえ、日本に帰った時治療してきてきた歯です。
そしていよいよ治療か、と思いきや。
「痛い歯のレントゲン撮りますね。あなた指でここを抑えておいてちょうだい。」
なんと歯に当てたレントゲン機器(と言うのでしょうか??)を私が持って撮影です。そして撮れた歯のレントゲン写真を私に見せながら
「ほら、ここが歯の神経。そして虫歯がここまで来ているの。だから神経に触れて痛いのよ。早く治療しないと歯を抜く事になるわよ。」
分かってます。だから来たんです。
そして先生の次の言葉を聞いて私はぶったまげてしまいました。
「早く歯医者に行って直しなさいね。」
「えっ??」
「お大事に。」
「えっ、えっ、ええ〜!ここでは直してもらえないんですか?」
「その治療はここでは出来ないの。」
じゃあ、いったいどんな治療をするというの?そういえばドアに貼ってあった紙。専門用語が多く意味が分からなかったのですが、やけにNOの文字が目につき、ちょっと嫌な予感はしていたのですが・・・。
どんな治療をしてもらえるのか聞いてみたい気もしましたが、私の語学力では理解不能だし、正直その気力も失せていて止めました。20年住んでいるけれど奥が深いアルゼンチン。まだまだ想像を絶するアルゼンチン常識がありました。
丸一日潰して、ガソリン代だって馬鹿にならず、「タダより高いものは無い」を身にしみて感じた一日でした。

内容とは関係ありませんが、ビールの原料ホップの写真です。エルボルソンは産地でもうすぐ収穫期です。雑草の様に普通の家にも生えています。 当然我が家の林の中にもあります。