時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「野生のりんご」

子供の頃好きな花はチューリップでした。ですからオランダは私の憧れの国でした。中学になって好きになったのは彼岸花です。猫の額の様な庭の隅に数株だけ真っ赤に燃えるような花が咲き、それがちょうど私の部屋から見えました。

北海道に酪農実習に行った時は、タンポポが好きになりました。牧草地が一面黄色に変わるくらいタンポポの花が咲いていました。
けれども私は花を愛でる優しい感性には欠けていました。花を育てた事も、部屋に飾った事も一度もありませんでした。今でもそんな繊細な優しさは無いですが、農場に花が咲く度、暖かい気持ちになります。

今私が好きなのはリンゴの花です。ここで暮らして20年。種から芽を出したリンゴが育ち、花を咲かせるようになりました。思いもかけない場所で、 そんなリンゴたちに出会いますし、引っ越した当時小さな苗木だった子が、今では見上げる様な大木になってもいます。
接ぎ木も選定も消毒も何もしません。ですから我が家のリンゴは野生のリンゴだと思っています。

朝日が昇って暖かくなると、ウオーンという蜜蜂の羽音が響きます。満開のリンゴの花にやって来るのです。両足に花粉の塊を付けている子も沢山いて 可愛いです。リンゴの甘い香りもあたりに微かに漂います。涙が出るくらい心和む時間です。

あちこちに20本以上は花を咲かせています。そして当たり前ですが、みんな色も形も味も収穫時期も違います。加工に向く子、保存の効く子、酸っぱ いジュース向きの子、シャリシャリの子、柔らかいほっこりの子、まん丸い子、絵本に出てくるような真っ赤なりんごりんごした形の子、寒さに強い 子・・・。我が家は周りに比べても日蔭が多く、西向きの斜面の為朝日が当たらず、アンデスの谷間から冷たい風が吹き付け、決して過ごしやすい環境ではありま せん。エルボルソンの町や、もっと標高の低い暖かい場所のリンゴの木に比べると、可哀想なくらい細くって小さいですし、リンゴ自体も小粒です。そ れでも、いえそれだからこそ、私は我が家のリンゴたちが可愛く、世界一美味しいと思うのです。去年は花の時期に低温が続き、実らなかった木が多かったです。今年も寒い春となっています。

いま満開のリンゴたちですが、秋にどれだけの実りがあるかは予想できません。それでも今この時を咲き誇り、蜜蜂たちと戯れるリンゴの木。命の輝きを感じます。ここはもう人口が増えすぎ、大自然でも何でもありません。でもこんな小さな自然の営みの中で、共に過ごせる時間を持てる事に感謝し大切に楽しんで いきたいと思います。