時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「春に降ったあられ」

あられと言っても食べるあられじゃありません。空から降るあられです。
春の日も過ぎた10月初め突然あられが降りました。雹は何度か降った事がありますが、あられは初めてです。
急に空が暗くなって、パラパラと屋根に何かぶつかる音がしてきました。
「あっ、雹だ。」最初はそう思いました。

アルゼンチンへ来た時、最初に住んでいたのはブエノスアイレス州のネコチアという港町でした。住み始めて一週間くらいの年末の真夏の日だったと思 います。
突然夕立がやって来て、何と最初に降ったのが雹でした。ガンガンと凄い勢いで屋根にぶつかり、大きいものは赤ちゃんの拳くらいもありました。下手 すると車の屋根もへこんで、窓ガラスも割れてしまいそうでした。まさしく氷の塊。危なくてとても外には出られませんでした。しばらくすると雹がバ ケツをひっくり返したような凄まじい雨に変わりました。
借りていた古い倉庫の様な小さな家は所かまわず雨漏りがしました。正確には雨漏りと言える生易しさではなく、屋根に集まった雨が流れ込んで小さな 滝があちこちに出来た様でした。
停電した暗い家の中で、あまりのスケールの大きさにあっけにとられ、途中から妙に感動して見とれていました。

パタゴニアへ来てからも雹は数回降りましたが、幸いネコチアで経験した様な大きな物はありませんでした。でも、ここでは自分の家、畑、果樹、車で す。壊れたり傷ついたりは直接生活に響きます。感動して見とれるゆとりは無くなりました。
今回もパラパラ音がした時は「やばい」ととっさに思いました。でも音が柔らかく、雪の様に白く大地を染めていくので、外に出てみると、それは柔ら かい”あられ”だったのです。
忘れているだけかもしれませんが、あられを見たのは初めてです。雪の様に儚く消えてしまう事も無く、手の中でまん丸の小さな粒が重なっていきま す。
「かわいい」
良い年こいたおばさんの言葉では無いですが、正直そう思いました。
あられの降っていた数分間、楽しくて嬉しくて私はずっと外に居ました。

雹が降ったり、りんごの花が満開の時期に大雪になったり、真夏に霜が降りたり、そうかと思うと大干ばつで雑草さえも枯れかけたり。
パタゴニアの自然は思いもしない事が沢山あります。自分の住んでいる、守っている小さな世界から見ると、それは時には厳しい事に思え嫌だな、困っ たなと考えてしまいます。
でも雹は困るけど、あられなら良いなと比較するんじゃなくて、私も自然の流れの中の一部にすぎないのだから、春に大雪になっても、夏に霜が降りて も、あられを見て心が弾んだ様に、全てを素直に受け止め楽しんでいかなきゃと思います。そしてこれ以上自然に迷惑をかけない様に、自分に出来る事をやっていこうと思います。