時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「最後の一個」

今年の秋は最高の秋でした。
味音痴の私はどんな高級な料理(これはほとんど頂いた経験はありませんが)も、 有名なお店の食べ物も微妙な味わいが分からず「好き」か「嫌い」でしか判断できません。これはこれで、どこに住んでも「ああ、○○が懐かし い。食べたい。」と思い煩う事がないので助かりますが。では何が好きかと聞かれれば、「チョコレート」「日本のショートケーキ」そして「果 物」です。果物ならなんでも大好きです。
さて冒頭の「最高の秋」に戻りますが、南半球のパタゴニアは3.4月が秋で、今年は17年暮らしてきた中でりんごの収穫が最高に多かったのです。毎日毎日お腹をこわすほど食べ続ける事が出 来、本当に幸せでした。我が家のりんごは出荷するものではないので、剪定も消毒も摘果も何もしません。ですからとても小さいですがその分りん ごらしい美味しさに溢れています。
初めてここに引っ越してきた秋、農場に一本だけ成長したりんごの木を見つけ、 たった一個だけ実ったりんごを食べる事が出来ました。その美味しさは忘れることが出来ません。そしてその時、農場をりんごの木でいっぱいにし たいと思ったのです。私の最初の夢でした。でも資金が無かったこともあり、苗木を買ってくることはしませんでした。頂いたり買ったりしたりん ごの種を毎年せっせと撒きました。そして5年くらい前からその種 から成長した木に実がつき始めました。昨年は春の花の時期に降った大雪でりんごがほとんど実りませんでしたが、今年は枝が折れてしまいそうな 程たくさんの実がつきました。本数も増え、その時の気分でりんごを選んでその場で食べるという贅沢も出来ました。
保存に向くりんご、ジャムに美味しいりんご、お菓子に合うりんご、生食が美味し いりんご・・・。それぞれの木の特徴も分かり、野ねずみや野鳥、我が家の犬たちと分け合いながら毎日りんごを楽しみました。本当に幸せでし た。
暖房の無い客間は天然冷蔵庫で、そこに収穫したりんごを何箱も保存したので部屋 はりんごの香りで包まれていました。
そして今日、とうとう最後の一個のりんごを味わいました。
誰だってわが子は可愛いもの。私は子供が居ないけど、りんごはわが子同然。本当 に可愛くていとおしいです。我が家のりんごは世界で一番美味しいりんごです。
17年 掛かって叶った一つの夢。なんにも焦ることなんか無いんだなあ、楽しみながらゆっくり育てていった夢はこんなにも幸せなんだなあと、今年最後 のりんごを食べながら感じていました。