時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「パタゴニアの秋」


エルボルソンに住む友人たちに「どの季節が好き?」と聞くと、殆どの人が「秋」 と答えます。理由はみな同じ。紅葉がとても美しいからです。
観光客でにぎわい、雨が降らず暑くて埃っぽいざわついた夏が終わり、町に落ち着 きが戻ると同時に紅葉は始まります。最初はアンデスの山の頂上付近の南極ブナの仲間のレンガと言う木の葉がみかん色に変わります。そして日ご とにそれが濃いオレンジ色になり、最後に山は深い紅色に染まります。その頃には里のポプラが輝くような黄色に、りんごや桃などの果樹も山吹色 やオレンジ色に、そしてやはり南極ブナの仲間であるニレが赤味がかった黄色に変わります。秋の日暮れはその黄葉した木々が輝いて、とても明る いのです。風が吹く度に、黄葉した葉が舞い落ちる姿もとても綺麗ですし、落ち葉でふかふかの大地を歩く感触もとても気持ちが良く幸せな時間で す。
今年は果実も木の実も大豊作。この貧乏性の私が、落ちたリンゴを拾いきれずにい る位です。子供のころから秋は好きな季節でしたが、年を取った今の方が、秋を肌で感じ楽しんでいるような気がします。
さて今回は日本語教室の為に朝早くエルボルソンの町に行った時のお話です。
気温が急激に下がったとても寒い朝でした。白い息を吐きながら駐車場から文化セ ンターに向かっていた時です。何気なく後ろを振り返って、私の足は止まりました。
丁度朝日が山の頂から差し込んでいて、逆光の中で、風もないのに黄金色の木の葉 がはらはらと大地に舞い降りていたのです。音もなく絶え間なく葉が大地に降り注いでいました。冷たい透明な空気の中で、私には木も葉も電柱さ えも光り輝いて見えました。
その風景は綺麗だと思うよりも、不思議な感じでした。50年近くも秋を過ごしてきたけれど、こんなに輝いて空気も時間も 止まったような美しさと静けさは初めての感覚でした。
自然の中では、毎年毎年繰り返される当たり前の風景なのでしょうが、私はその黄 金の時の中に溶け込めたような厳かで幸せな気持ちがしました。
秋の朝、光の中で葉が落ちる。それだけの事。当たり前の事。
でもそれは私に一生忘れられない感動を与えてくれたのです。気張らずにいこう。 自然体でいよう。そうすればこの風景の様に、気づかない所で、私でも誰かの力になれるかもしれない。私でも輝いて見える一瞬があるかもしれな い。そんなおこがましい事を考えてしまえる程心に焼きついた秋の朝でした。