時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「大切な出会い」

毎年毎年、4月は大きなバケツを持って農場散歩をするのが日課でした。それはニョキニョキ顔を出す「松きのこ(ヌメリイグチダケ)」を収穫するためです。毎朝見落としが無いように、いつもは歩かない場所にまで足を延ばしバケツ一杯、時には入り切らなくて二度も三度も家に行ったり来たりを繰り返して収穫し、それでも翌日にはまた同じ位のきのこが顔を出していたものです。

これは採りたてを、傘の下のスポンジ部分を取り除いて網で焼いて酢醤油で頂くのが最高に美味しい食べ方です。そして残りは佃煮や天日干しして、冬の保存食やお客様へのお土産にしていました。乾燥きのこを袋詰めにして売っていた時期もあります。兎に角、歩けばきのこに当たると行っても決して過言では無いほど採れたのです。それが一昨年は気を入れて探さなければ見つけられない程しか出ませんでした。収穫期間も例年の半分2週間で終わってしまいました。

その時は「今年は雨が少なかったから仕方ないか。」と少し残念に思う程度でしたが、昨年は一昨年にも増して収穫が減ってしまいました。それでも「2年休んだんだから、来年はきっとまた大量に出てくれるだろう。」と楽観する気持ちも残っていました。

ところが、今年は2回、両手で持てる程度の収穫が出来ただけで、ぷっつり姿を消してしまったのです。4月の初めにまとまった雨があったので「今年こそは」と、とても期待していただけにショックでした。

大気にも大地にも適度に湿り気があって、気温も秋らしい日が続いているのに、どんなに目を皿の様にして歩き回っても「きのこ」を見つける事が出来ません。そして林に「きのこ」の気配を感じる事も出来ません。

このきのこはこちらでは「松きのこ」と呼ばれ、松林や大松の根元によく出ます。そして自然林を切り倒した後には、必ず成長が早く材や薪としての需要の高い松が植林されたので、マジン村中が「きのこの宝庫」となっていたのです。

2年前からのきのこの激減は、我が家だけの事ではありません。みんなが「きのこが出なくなった」と嘆いています。それと平行するように、松枯れが目に付くようになってきたのです。初めは松枯れを想像出来なくて、林の中で一本の立ち枯れの松を見つけて不思議な気持ちがしていました。それが、今では「ええ、ここまで枯れてきている。」と驚くほどの勢いで広がって来ています。

こちらでも松枯れは「害虫」の所為にされています。でも本当の原因はそんな事ではないと思います。人口増加と観光地化で自然環境が激変し、地球規模の環境汚染と温暖化で、まず「きのこ」が悲鳴をあげ、きのこ菌の生きられなくなった松が枯れているのではないでしょうか?


人間は愚かな生き物なので、この環境悪化にもあっさり慣れてしまい、きのこが出たことが「そんな時もあったねえ。」と昔話になってしまうのもそう遠い事ではないでしょう。

もしあなたが林などでこの「きのこ」を見つけたら、その出会いを大切な思い出として残して下さい。だって、もしかすると「パタゴニアの松きのこ(ヌメリイグチダケ)」は、幻のきのこになってしまうかもしれないのですから。