時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「ラゴプエロの水の流れる木」

nojomallin2008-03-09

「ほら、滝の音がするよ。」
ブエノスアイレスから来た女性を自然国立公園ラゴプエロに案内した時の事です。
アラジャンという名前のサルスベリに似た木が自生する林の遊歩道を散策していたら、彼女が突然その木の幹に耳をつけたのです。
何だろう?と思いながら立ち止まって待っていると彼女が目を閉じながら静かにそうささやいたのです。
「えっ?何々?」
同行の友人が興味深そうに幹に耳をつけます。
「あっ。本当だ。木の中を水の流れる音がする。」
二人は暫くそのまま目を瞑って木の幹に耳を当てていました。
若い女の子の瞑想ごっこかと半信半疑だったわたしも、彼女たちの至福の表情につられ、アラジャンの木の幹に耳を押し当ててみました。
「あっ・・・」
初めは自分の心臓の音かと思って聞いていたのですが、それは「ジャアジャア、シャアシャア」と確かに水が流れる音なのです。不思議な気持ちでした。
一時間あまりの林の遊歩道散策は、アラジャンの木を見つける度に幹に耳を押しつけて水音を聞く散策に変わりました。
面白い事に、アラジャン全ての木の幹から水音がする訳ではなく、太くても音の聞こえない木もあれば、細くても勢い良く流れる水音が聞こえる木もありました。
湖には観光客が多く訪れ日光浴を楽しんでいましたが、この林には誰もおらず時間が止まったような静けさがありました。
彼女がアラジャンの木の幹に耳を押しつけたのは偶然だったのか、ガイドブックか何かでそのことを知っていたのかは聞きそびれてしまいましたが、若い女の子のお遊びとして片づけてしまわず、自分も幹に耳を当ててみて良かったと思いました。例えそれが何かの勘違いや聞き間違いであったとしても、私はあの時、あの静かな林の中で、アラジャンの命の音を聞いたのだと確信しています。
山は好きでよくトレッキングに行きますが、観光客でごった返す湖ラゴプエロには、個人的に訪れることはまずありません。でも、秋になって観光客も減って静かな湖に戻ったら、あのアラジャンの林を歩いてみようかな、幹に耳を当てて命の音を聞いてみようかな、と今密かに思っています。


国立自然公園ラゴプエロ(プエロ湖)はエルボルソンから約18km。一時間毎にバスが出て
います。
観光シーズン(クリスマスからセマナサンタまで)は入場料12ペソ(1ドル約3.15ペソ2008年3月)が必要です。
アラジャンの林への遊歩道は湖の東側にあります。標識が出ています。