時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

のうじょう真人への帰り道で

それは、8月最初の水曜日、El Bolson(エルボルソン)の町から、のうじょう真人へ向かう村のデコボコの山道での事でした。町とは100mの標高差があるので、帰りは上り坂が続きます。その坂の途中で2台の車とすれ違い、その少し後ろを車の巻き上げた土埃を被りながら年輩の男性が歩いて来ました。
ここ数年で村の人口は3倍近くなり、交通量は増えたものの、歩いている人を気軽に拾って乗せて行く車はほとんどいなくなりました。
「自分の安全の為、知らない人は乗せない」アルゼンチンでは当たり前のこの鉄則が、Mallin(マジン)村にも浸透してきたのです。
その時、私達は前方に、エンストした車の車止めに使い、そのまま放置された大きな石がデーンと居座っているのに気付きました。ここではよくあることです。夫は石を避ける為、ハンドルを左に切りました。それがちょうど、歩いているその男性へ車を寄せて行った形になり、彼は「えっ?」と驚いた表情をさせました。行き過ぎた後、「あの人びっくりしていたね」笑って言いながら、サイドミラーで後ろを見た私は、心を“ぎゅっ“と締め付けられました。
鏡に写ったその人は、その大きな石を足で転がしながら、道路脇に寄せていたのです。
ごく自然に、ごく当たり前に・・・。
私はアルゼンチンとアルゼンチン人が大好きです。でも気持ちを平たく伸ばしてみたら、8割の「嫌い」と2割の「好き」にわかれます。悔しさ、失望、怒り、不安、口に出したら止められない、そんなつめたい心を「そうじゃあないでしょ!違うでしょ!」と暖かく優しく、深く深く、包み込んでくれるのが「好き」の部分なのです。
あのおじいさんは、私の冷たい心に、更に一枚の暖かい毛布を掛け、優しく包み込んでくれました。だから私は答えられるのです。
「アルゼンチンが大好きです。のうじょう真人の生活が大好きです。」と。