時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

めでる桜

nojomallin2018-10-11

「桜を見に来ませんか」
数年前、ネコチェアという街に住む移住の先輩兼友人からお誘いがありました。ネコチェアは私がアルゼンチンへ来て最初に年末年始の3ヶ月暮らした、私にとっては始まりの街です。
ブエノスアイレス州で海沿いにあり、あの当時は日本人移住者、二世三世の日系の方が8家族くらいお住まいになっていました。
碌に会話も出来ない私が車の免許を取れたのも、永住権取得の手続きで首都に行く時安心して留守が出来たのも、安くて良い家財道具を揃えられたのも、クリスマスや新年を楽しく過ごせたのも、全てネコチェアの日本人の方達のお陰でした。
でもパタゴニアに来てから24年の間、一度も戻っていませんでした。
桜のお花見を誘って頂いた時も、綺麗だろうなとは思いましたが、こちらの留守番や犬や猫たちのお世話を頼んだり、収入源の日本語教室や豆腐作りを休んでまで行こうとは思いませんでした。
でも、ここ数年の生活の変化の中で今までとは少し違う思いも出てきました。

私は、今自分のいる場所が好きです。自分の暮らしも好きです。私のそばに居てくれる犬猫が大切で大好きです。日本語を教える事も、豆腐や味噌を作る事も好きです。それに体力に自信も無くなったし、興味や好奇心を掻き立てられる事も無いので、旅行したいとか、休暇で何処かへ行きたいとか思いませんでした。
でも誘ってくれる人がいるなら、私を思ってくれる人がいるなら、想いのある場所があるなら、行けるうちに行ってみようと思ったのです。
桜を見にネコチェアへ行くと決めてから1年。事あるごとに桜の下にいる自分を思い描いていました。
10月1日ネコチェアに向けて出発しました。寝台バスで乗り換えを含めて21時間。前日に季節外れの大雪が降り、バスが運休になるかもと焦りましたが、それもまた楽しい思い出です。
友人宅に泊めて頂いて、至れり尽くせり、日本食尽くしの大名滞在を堪能しました。朝から晩まで日本語で喋りまくりました。たった2泊の滞在でしたが、自分の知らない自分を発見出来た旅でした。以前住んでいたのは郊外で、そこには行きませんでしたから、懐かしいという感情はありませんでしたが、ああ、私はこの街に居たんだな、ここから始まったんだな、と感慨深かったです。
街は、正直残念な方向へ変わってしまっていた事もありました。それでも、それぞれが、その時その場で、自分に一番良い方法を探し選んで進んで行くだけなんだろうと思います。そして私もそうして行くだけです。
パタゴニアの家に帰ってきたら、さくらんぼの花が咲き始めていました。
エルボルソンに一本だけある桜の木も、もう少ししたら咲き始めるでしょう。今年は桜を2度楽しめます。桜を愛でる。私はやっぱり日本人です。
移住の大先輩という超えられない壁、お付き合いの距離のようなものを感じていたけれど、その壁は自分で勝手に築いていただけだったと気付きました。
ネコチェアの桜を見て、自分の中で 何かが変わったとか、大きな何かを感じたとか、そんな事はありませんが、行ってよかった、楽しかったと心から思っています。
次回はネコチェアの桜や大西洋のトド達のお話をしたいと思います。