時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「パタゴニアの春。そして私の感じる春。」

今年はドカ雪が降り、どんよりと曇った日が続き、寒い湿気った冬でした。9月に入ってもなかなか暖かくならず、一日中薪ストーブが欠かせません。
まだ山に雪が多く、その上を通ってくる風は冷たいですが、9月も中旬を過ぎた頃から、天気が良いと春を感じるようになりました。
週2回日本語教室で町に行くと、その度に花が増え、人が軽装になり、強く春の訪れを感じる事ができます。
正式名は知りませんが、みんながアロモと呼ぶ写真の黄色の木の花は、冬の終わりに最初に咲き始めます。結構な大木で車を運転していても、鮮やかな黄色が遠くから目に飛び込んで来ます。残念ながら私の住む地区では寒過ぎてこの木はありません。
私はこの花が好きです。毎年ざっしりと花を咲かせてくれ、ちょっと強すぎるかなと思う程の香りが漂います。いつも家に飾りたいと言う誘惑にかられますが、枝を折ってまで持ち帰る気持ちはありません。花の時期も長く、1ヶ月以上楽しませてくれます。
暖かい日が数日続くと、梅の花も咲き始めます。梅といってもciruela(スモモ類)の花で、日本の梅とは違います。私はパタゴニア桜と勝手に名付けて楽しんでいます。この木は町中にあり、あちこちで町をピンクに染めています。
大地の上ではたんぽぽ、水仙の花盛りです。黄色や薄紅の花、緑の草、青い空、白い山の雪。人の服装も赤などの明るい色に変わります。
強い太陽の光がそれらを照らし、くっきりとした艶やかな景色が広がります。このはっきりした色彩感覚がラテン人の陽気さや明るさを生み出しているんだろうなと、最近思うようになりました。
学生時代は春が一番嫌いな季節でした。新学期の始まる緊張感。それはワクワクする緊張ではなく、友達はできるのか?先生は好きになれるか?新しいクラスに馴染めるか?と、私にとっては憂鬱な緊張だったからです。
この歳になっても、「どうしよう。試験の問題が全然解けない。」「誰とお弁当食べよう。一人ぼっちだ。」と泣きたくなるような夢を見て目覚めます。今でも本音で付き合える中学高校時代の友人はいるのに、楽しい夢が見られないのは私の心の暗さでしょう。
でも冬の長いパタゴニアで暮らし始め、春の訪れを楽しめるようになりました。花が咲くと、「ああ、みんな生きているんだな。厳しい冬を頑張ったんだ。春を感じているんだ。前へ進んで行くんだ。」と元気をもらえます。
汗ばむような日があるかと思えば、朝バケツの水に氷が張る寒い日もあります。1日の気温変化が20度以上なんてざらにあります。それでもこれからどんどん花の種類も増え、草も成長し、鶏たちがひよこを連れて歩き回り、羊の子供が走り回るようになります。そんな季節の移り変わり、時間の流れを楽しもうと思います。
ところで、花よりも私が一番強く春になったなあと感じるのは、実は洗濯物を外に干せ、ほかほかに乾いた洗濯物を取り入れられる様になった時です。残念ながら本格的な私の春はまだやって来ていません。でも朝洗濯物を外に干しながら「ああ、春が来たなあ」としみじみ感慨にふける日もそう遠くないと思います。