時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「全てに感謝して」

nojomallin2007-05-15

「ペリートモレノ岳の紅葉を見に行こう」その日突然そう思いました。
実はこの2ヶ月、夫が日本に一時帰国をしていて私は一人留守番をしてい ます。臆病な私は万が一の事を考え、一人では決して山に行ったりしません。特に今 の様に長期留守番をしている時はなおさらです。それなのにその朝、山の紅葉を見て いてあの中に入って行きたいと感じたのです。
翌日は冷え込みましたが秋晴れのとても穏やかな日でした。車でのお出 かけには何処にでも付いて行きたがる犬の「羅空(らくう)」も勿論一緒です。特に ペリートモレノ岳は「羅空の山」と呼んでいる程、何度も一緒に登っています。
家から山の麓まで私の運転で50分ほどかかります。駐車場に車を置いて 凍った山道を登り始めました。羅空は喜んで、先になったり後になったり、飛ぶよう に登っていきます。途中の休憩ではリンゴやケーキを分け合って食べました。
山はほんの2ヶ月の間に激変していました。スキー場開発の為自然林が伐 採され、あちこちにブルドーザー道が出来、ここまでしてしまう人間のエゴに心底う んざりしました。「もうこの山に登るのもこれで最後かなあ・・・」と考えていまし た。あと少しで高原台地の手前の見晴らし台に着くという時、羅空が登山道から下の 斜面の林をじっと見つめ、突然「わんわん」吠えながら駆け下りて行たのです。
でもこんな事はしょっちゅうで、直ぐに私達の後を追って来ていまし た。だからその時も私は気にもせず「羅空、先行くからね。」と歩き始めました。
20分ほどで見晴らし台に着きましたが、相変わらず羅空は追い着いて来 ません。流石の私も少し心配になり、何度も大声で羅空を呼び続けました。そこから は羅空の駆け下りた斜面も見えましたし、他に誰もおらず、私の声はかなり遠くまで 響いていたし臭いだって消えていない筈です。
一時間ほどそこに居ても羅空はやって来ず、結局先には行かずに羅空を 呼びながらゆっくり下りる事に決めました。でも、その時でも途中で会えるとそれ程 心配はしていませんでした。
山を下りながら気配さえ消えてしまった羅空を「きっと車の下で待って 居るだろう」と思い直しました。以前も橋を渡るのが恐いとか、人が多すぎるとか で、時々自分だけで引き返して車の下で待っていたからです。
でも、車の下には居ませんでした。「馬鹿な・・・」一時間以上駐車場 の周りを名前を呼びながら探しましたが居ません。日没まで時間はありましたが、気 温は下がり始めています。すると私は突然家に残してきた他の犬達が心配になってき たのです。「家でも何か有ったのかもしれない。」
そして私は羅空を置き去りにしたまま山を後にしてしまったのです。
家は変わりありませんでした。翌日、私はもう一度駐車場まで行き、少 し登山道も登ってみました。絶対羅空が周りの藪に潜んでいると思ったのです。で も、羅空は何処にも居ませんでした。
「この山は羅空の山だから、きっと山が羅空を欲しがったんだ。」私は 本気でそう感じました。寂しくて涙が流れましたが、仕方ないと諦める気持ちもあり ました。
でもその翌日、家からペリートモレノ岳の羅空の消えた場所を見た時、 「あんな高い場所で分かれたんだ。あの大きな山のあのどこかに羅空は居るんだ。」 と置き去りにした自分が恐ろしくなりました。そしてもしあの日夫が一緒だったら、 絶対置き去りにしてこなかったと思いました。彼なら車の下に羅空が居ないと分かっ たら、どんなに暗くて寒くても、直ぐに見晴台目指してかけ登った筈です。山が羅空 を欲しがったなんて自分への言い訳に過ぎない。「もう一度、山に登ろう。」と決め ました。
諦めと自分への言い訳の為に、私は翌日羅空の名前を呼びながら山に登 りました。そしてもうすぐ羅空と分かれた場所に着く時、私の声に答える「オーン」 と言う羅空の声を遠くに聞いたのです。それからは夢中でした。祈る気持ちで時々途 切れてしまう羅空の声を目指しました。
「らくうー」「わおーん」
だんだんハッキリしてくる羅空の声。そして藪の中から羅空が駆け下り て来たのです。少し痩せてはいましたが、怪我も無く、怯えた様子も無く、いつもは あまり振らないしっぽを左右に大きく振っています。
羅空に会い、私は改めて自分のした事の恐ろしさを感じました。私は取 り返しのつかない事をするところでした。そしてそのことに気づきもせずのほほんと 暮らして行くところでした。自分の都合の良い様に解釈して、自己弁護して、羅空の 苦しみを感じもせず、私は掛け替えのない羅空の命を奪う所でした。
マイナスにまで冷え込んだ3日間羅空を守ってくれた山の自然に、快晴の 日を続けてくれた天に、本当の思いやりをいつも示してくれていた夫に、置き去りに した私の声に答えてくれ羅空に。そして何よりも、私を誘ってくれた山の紅葉に。も し山に行かなければ、私は一生自分の愚かさに向き合うことが無かったでしょう。
私は全てに感謝しました。