時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「またね。ワンワン」

もう何ヶ月も経つのに、未だに「あれっ」と思う時が1日のうち何度もあります。
あれっ?林に薪集めに行くのに、如何して付いてこないんだろう。
あれっ?近所の犬達が遠吠えしてるのに、如何して参加しないんだろう。
あれっ?雨上がりで地面が湿っているのに、如何して穴掘りしていないんだろう。
そうして、ああ、そうか…。もう豆ちゃんはここには居ないんだと気付き、とても寂しくなります。
犬のお豆が逝ってしまいました。
玄関横の植木のくぼみに置いたダンボールが豆の寝床でした。毎朝その中から私が挨拶するを待っていました。でもその日は朝から姿が見えなくて、翌日の昼近く、気がつくと玄関前でぐったりとしていました。
私は遠出をして、きっと出先で恐い思いをして大急ぎで帰って来たから疲れ切っているんだと思って心配よりも帰って来てくれた事に安心しました。
翌朝、窯場の入り口で手足を伸ばしきってぐったりとしていたので驚きましたが、「豆ちゃん」と声をかけると、長いまつげのクリクリした可愛い目を動かして答えてくれました。
「今日は日本語教室があるから出かけるけど、何処へも行かず家に居るんだよ。」
と言うと、「うん。分かった。」と言う様に、目をきょろきょろさせて私を見てくれました。
その目はしっかりと生きていました。いつもの可愛い豆の目でした。
だから私はあまり心配せず町に行ったのです。戻ってくる時にはいつも通り林から飛び出してきて車の前をちょろちょろ走って迎えてくれると疑いませんでした。
ところが帰ってみると、夫が「豆 駄目だった。」と言うのです。一瞬何を言っているのか分かりませんでした。
さくらんぼの木の下で横たわっている豆の長いふさふさの毛が風になびいてとてもきれいでした。
遅い昼寝をしている様でした。
でも豆の体に触れると、冷たく硬く、そこにはもう豆は居ませんでした。
今年の9月に4才になるはずでした。
いつも豆に「お前は一番若造だから、これから私と一番長く付き合っていくことになるんだよ。
一緒に元気なババアになっていこうね。」と話していました。豆が逝ってしまう事なんて考えもしませんでした。
原因は考えません。真実は決して分からないのだし、誰かを恨んでしまいそうで怖いし、追求しても豆はもう帰ってこないからです。
でも豆にこうしてあげれば良かったとか、あんな事言わなければ良かった、あんなことしなければ良かったという後悔は全くありません。
何時だって豆と向き合い、思いっきり遊んで、真剣に叱って、全力で可愛がり愛してきたからです。
ただもう会えない事が、抱きしめられない事が、ひたすら寂しいだけです。
でもね豆ちゃん。お別れじゃないんだよね。さよならじゃないね。
又ね。また一緒に追いかけっこしようね。お腹をぐりぐりさせてよね。
豆と約束をした元気なババアに私はなろうと思います。
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