時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「動いた石」

リオアスール川沿いの8ヘクタールの土地に私達の若い友人が住んでいます。アメリカ合衆国国籍の27才の彼は週一回町で英語教師をしながら、自分で家を作り、畑を作り、馬と牛を飼い、電気も無い土地で頑張っています。

2年前のことになりますが、自然の麹菌の捕まえ方を教えて欲しいと頼まれて彼の農場に夫と共に出掛けました。その当時、彼はまだ家を作っている途中で、元の持ち主さんが建てていた小さな倉庫の様な家に暮らしていました。

一間だけの小さな家でしたがここでは珍しい高床で、私はそれだけで感動していました。

ところが夫は妙な気分がして居心地が悪かったそうです。それでその家を出る前に、持参の方位磁石を取り出してみました。するとどうしたことか、針がくるくる回り、全く逆の方位を指すのです。「方位磁石が壊れているんだ。」とその場に居合わせた彼の友人達は口を揃えていいました。実は私もその時はそう思っていました。

ところが、「この家の先の川沿いに不思議な石がある。ここを買った時、地元の人が教えてくれたんだけど、見に行かないか?」と彼が言うので、皆で行って見ることにしました。

家から西に300m位先、リオアスール川の近くにその石はありました。

周りにも同じ様な石が転がっているのですが、その石だけが家の方に1m程動いた形跡があるのです。人力ではとても動かせない重さですし、周りにその石を動かしたトラクターなどのタイヤの後もありません。

「これはさ、川が増水した時大木が濁流に流されてここに来て、この石にぶつかったのさ。」

と彼の友人の一人がつまらなそうに言いました。

でもそれにしては、周りに同じ様に動いた石も無ければなぎ倒された灌木も無く、濁流で流された大木の形跡は全くありません。本当にその石だけが、自分の意志で動いたとしか思えない状態だったのです。

私は「どうやってこの石が動かせたか?」より、「何故この石が動いたのか?」と考えていました。これは家の中で方位磁石がきかなくなった事と、何か関係があるのかもしれないのです。夫が石の場所で方位磁石を取り出すと、針はきちんと北を示しました。

私は鈍感なので、今まで直感で何かを感じた事は全くありません。でも夫は友人に「早く家を作って、あの家には住まない方がいいなあ。」と言っていました。

世の中には人間ごときでは説明出来ない事が沢山あると私は思っています。それを人間の知識で科学的に解明しようとするのは無駄なことだとも思ってしまいます。

でも、ただ不思議がるだけでもなく、どうしてそうなったのか?自然が私達に何を伝えようとしているのか?を考えて行くべきだと思っています。

この動いた石は、私達に何を語っているのでしょう?

彼の農場を訊ねる度私はこの石の傍らに立って、石からのメッセージを受け取りたいと思っているのですが、自然に同化出来ていない私には、まだまだ石の声は聞こえて来ません。