時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「エプジェン湖の風」

nojomallin2008-01-25

アルゼンチンではパタゴニア地方の事を「風の国パタゴニア」と言うことがあります。

ここに暮らし始めた当初は初夏に吹く西風の強さに恐怖さえ感じました。
「ごおっ〜」「びゆうう〜」とうなりをあげて風が吹くと、根の脆い枯木や折れやすいポプラ、柳の木の側には決して近寄りません。何メートルもある大木が、突風にいとも簡単になぎ倒される場面を何度も目にしたからです。
木のない乾燥地では砂埃が舞い上がり、小さな竜巻があちこちに起こります。「息も出来ない程の風」なんて言うと「なんて大袈裟な」と笑われますが、もし実際にこの風に遭遇したら、「いやあ〜ごもっとも!」と同感してもらえる事でしょう。
でも最近では私はこの風がとても好きになっているのです。それはアンデスの谷間から吹いてくる風が、誰も踏み込めない雪の山頂を通って来たんだなあ、と思うと自分がその雪の上を滑っているようなわくわくする気持ちになれるからです。それに、毎日鳴り響くチェーンソーや車の排気音、浮かれて騒ぐ人間の出す雑音の全てがかき消され、風とそれに答える木々の自然の音に包まれるからです。
ところで、今までに色んな風を体験してきましたが、一番「凄い」と思ったのは、エプジェン湖から吹いてきた風でした。
昨年、初秋の快晴の日にお客さんを案内してこのエプジェン湖に行きました。折しも黄葉の真っ盛り。空は深く蒼く、里の木々は黄色に輝き、取り残したりんごが真っ赤に熟れて彩りを添え、本当に静かな柔らかな日でした。
夏には観光客で賑わった湖もひっそりとしていて、私達は気に入った場所で持参のお弁当を広げました。
お腹一杯になると、私は湖に突き出た大岩の上に寝ころんで静かな波の音、小鳥のさえずる声を聞いていました。
と、その時、実際には聞こえなかったけれど、ゴゴゴーと低い重い音を湖の先から感じました。感じると同時に起きあがって湖をみると、あれだけ穏やかで静かだった湖面に大きな波が立ち上がり、どこから来たのか雲で空が暗くなり始めていました。
「ええ〜うっそ〜」
なんて二十代の娘の様な言葉が口から出たとたん、「どどーん」と風の第一波が体当たりしてきたのです。
そして後はもう、ごうごうと吹き荒れる風、風、風。
こんなに短期間に、こんなに表情の変わった景色を見たのは初めてでした。
パタゴニアと言うと、大氷河、ペンギンや象アザラシの繁殖地、ホエールウオッチングなどが頭に浮かびます。でも私は「風」もパタゴニア名物の一つだと思うのです。だからこの強い風を嫌がらずに楽しんで感じて行って欲しいのです。

エプジェン湖はエルオジョ市から行く「プエルトパトリアーダ」と、エプジェン市から行く「エプジェン湖」の二カ所があります。どちらも町からは自家用車かタクシーでしか足がありません。不便な割には1,2月の観光シーズンは人で溢れています。
毎年、火の不始末による山火事が各地で発生します。乾燥化と風が被害を拡大しています。タバコは慎重に慎重を重ねて火の始末をして下さい。できれば是非「禁煙」を!!