時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「ペリートモレノ岳のお正月登山」

パタゴニアの新年は真夏です。しかもクリスマスは盛大に祝いますが、新年は大晦日に明け方まで飲んで騒いで、元旦は皆寝正月でひっそりしています。1日はお休みですが、2日はもう普段と何ら変わらない一日が始まります。ですから「一年の計は元旦にあり」などと改まった気持ちにはなれません。
それでも移住したての頃は「お正月」のこだわりがあり、私達の大好きな「ペリートモレノ岳」に手作りお雑煮セットを持って元旦登山をしたのです。
あの頃はまだ観光客も少なく、山も今ほどスキー場開発されておらず、原生林の中の川沿いには登山道もあり、高山植物も種類が多く本当に素敵な山でした。
ところが・・・登り初めて驚きました。ワンワンと「虻」が寄って来るのです。始めは手でぱちぱち追い払い、叩きつぶすゆとりもありましたが、不思議な事に登れば登る程その数が増すのです。
「これはいったい何なんだ!」
前を歩く夫は人の形をした「虻」の群れです。そう言う私も、汗かきの夫ほどではありませんが「虻」の大群にまとわりつかれ、動きを止めると「しめた!久しぶりの新鮮な獲物だ。」とばかりに「虻」が刺しに来てその痛いことと言ったらありません。
これは涼しい頂上に早く行くしかない、と休憩も出来ずにひたすら上を目指しました。

やっと残雪の残る高原台地に辿り着き「ほっ」と一息出来る筈だったのですが、パタゴニアの「虻」はなんと逞しい事か。大群という程ではありませんが、まだまだまとわりついて離れないのです。残雪の上を歩くときは、ちゃっかり私達のリュックに止まり一緒に移動していくのです。
結局川沿いの岩場で、手作りの鶏の薫製をだしに農場で搗いたお餅と野菜を煮てお雑煮を作っている時も、忙しなく「虻」払いをしなければなりませんでした。
それでも持参の自家製「どぶろく」でおめでとうと乾杯をし、眺めた山の風景と食べたお雑煮の美味しさは生涯忘れることはないでしょう。あの時私は「ここで、このパタゴニアで暮らしていくんだなあ。」と思いを新たにしたのです。

あれから多くの時が流れ、「毎日を充実させよう。毎日が記念日。」と思うようになってからは、お正月も誕生日も特に何もしなくなりました。そして、虻の大発生する12月中からの一ヶ月は山へは行かなくなりました。
それでもお正月になると農場からペリートモレノ岳を眺め、「今年も虻は大発生しているんだろうか?」と懐かしく思い出すのです。<<エルボルソン近郊の山は12月中から1月中までの一ヶ月、何故か虻が大発生します。観光客が増えた現在は、私達がペリートモレノ岳で経験したような大群の話はあまり聞きません。それでも、長袖長ズボンで虻対策をして登って下さい。
ペリートモレノ岳への交通はエルボルソンから個人タクシーのみです。約40分、40ペソ(約12米ドル)。駐車場からスキー場林道を登って約2時間で高原台地に着きます。この山のトレッキングの醍醐味(高山植物、山氷河、チリ側アンデス山脈の展望、コンドルなどの野鳥)はここから始まります。ただし山頂はかなりの熟練がないと登れません。日帰り可能です。>>