時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

発芽

nojomallin2006-12-23

3月に 10歳になる愛犬「羅空らくう」。咬み癖、放浪癖があったので、日中仕方なく繋いで おくと、高い所の好きな羅空の為に運んで来た、直径50cm高さ80cm程のシプレスの切 り株の上でいつも過ごしていました。その羅空も年と共に落ち着き、殆どを家の中で 過ごし、車で出掛ける時は一緒で、勝手に遠出しなくなりました。その為繋ぐことも 無くなり、いつしか「羅空の物見台」大切り株も草に埋もれていました。
その忘 れかけていた「大切り株」に先日、何の気無しに近寄って、私は思わず「凄い!」と 声を出しました。年輪の間から、小さな楓が発芽し育っていたのです。
近くには 楓が植えられていますが、毎年の夏の霜で焼かれ、なかなか大きくなれませんでし た。でも、数年前、花の時期と霜の時期がずれ、秋に大量の種を飛ばした事があり、 周りには可愛い苗木が数本育っています。きっとその子達の兄弟なのでしょう。
たまたま落ちた切り株の上はいつも羅空が居り、発芽出来なかったに違い有りませ ん。羅空が乗らなくなって、太陽と雨に助けられ、兄弟よりも遅れて発芽したようで す。
小さな小さな楓の苗。でもそこには力がみなぎっています。
種は、自分 で好きな場所に行って発芽し、気が向いたら他の場所へ移動するという事はできませ ん。風や昆虫、鳥達に運ばれ、落ちた場所で雨と太陽に育まれ、例え明日舗装道路に されてしまう場所でも、今日一日をしっかり生きています。自分の意志が無い様で も、自然の一部として、自然の法則の中で、大いなる自然の意志で生きているのだと 思うのです。

私は色んな事を悲観します。文句も言います。投げやりになっ たり、ひがんだり、人を羨んだりもします。そんな暗い気持ちから立ち直れるのは、 私の周りのささやかな自然が、力強く私を励まし支え、反省する気持ちを教えてくれ るからです。
もし明日伐られたとしても、ここで発芽し、今ここで育っている。 今この瞬間を自然の一部として生きている。それが一番大切な事だとこの小さな楓は 教えてくれるのです。
不安や怒りや悲しみ、そういう感情を無くそうとは思いま せん。けれども、それにいつまでもしがみついて、恨んだり憎んだりしてはいけない と反省します。
自然は、そして命の輝きは、本当に素晴らしいと感動します。