時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

のうじょう真人の夢

10月の明るい太陽の光の下で「初めまして」と、りんごやすももの赤ちゃん苗が自己主張をしています。芽を出したばかりの子もいれば、2~3年経って、やっと気付いた子もいます。楽しい出会いの瞬間です。
「のうじょう真人」で暮らして10年。木を切られトラクターで耕されていた場所にも、少しずつ、種から出た木や草花が増えてきました。植林すれば早いけれど、その木は本当の寿命の半分しか生きられないと言われています。いつか、日本から農業指導に来られていた先生が、どんぐりを播く私達を見て「あんたら、今、年いくつ?」と笑いました。でも、笑われても私は“木の種を播く”という贅沢な生活が出来る事を幸せだと思います。私達だけではありません。道の脇のりんごは、犬の天和が落ちていた実を食べ、うんこ団子でまいたものです。
すももも、松も、さくらんぼも、どの子もみんな可愛いし、贔屓しちゃあいけないと分かっているけれど、私はりんごの苗を見つけると、特別うれしくなるのです。
引っ越して来た時、1本だけたった1つ実をつけたりんごを見つけました。私達は毎日、ドキドキしながら見守り、小鳥がつつき始めた時、その実をもいで2つに分けました。
「わあ〜良い香り」
そして1口。
今でもあの時を思い出すと、涙がこぼれそうになります。
「今までで一番美味しいと思ったものは?」と聞かれたら、私は迷うことなく「あのりんご」と答えます。
毎年、毎年、天ちゃんと小鳥と一緒に播き続けるりんごの種。年に数本しか苗を見つけられないし、種から出たりんごは、どんな種類になるか分からないそうだけど、いつか誰かが、ジャングルになった「のうじょう真人」でりんごを食べて、涙がこぼれる位感激してくれたら、素敵だな、うれしいな。
子供のいない私のささやかな夢です。