時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「順ちゃん」

nojomallin2011-09-24

「順ちゃん」
今年は9月に入ってから天気が崩れ、寒い日が続きました。けれどもあちこちで
水仙の花が咲き始め、桜のつぼみも膨らんで、アンデスからふく風にも 春を感
じる様になりました。
私はずっと春が苦手でした。春は新学期の始まる不安な気持ちを何十年も私に思
い起こさせました。クラス替えはいつも「新しい友達はできるか?」 「先生に
嫌われないか?」「いじめられないか?」と不安しかありませんでした。そして
暫くは友達も出来ず、寂しさと焦りの日が続いていました。春 風は何十年経っ
ても私に、その時の切ない気持ちを思い起こさせたのです。
今年の秋4月、私はとても辛い事があり、何ヶ月もずっと苦しい思いをしてきま
した。でも春の気配を初めて感じた日、突然ある情景と言葉を思い出し 救われ
ました。ですから今年は春の風を不安よりも優しい気持ちで受け止める事ができ
ました。
それはもう37年も前、小学生最後の春のことです。相変わらず親しい友人も出
来ず、5年生の時同じクラスでまあまあ話をした子と、しっくりしない けど友
達のふりをしていつも一緒にいました。しかもその時はずっと苦手だった「順
ちゃん」と遂に同じクラスになってしまったので憂鬱でした。なぜ 順ちゃんが
苦手だったかというと、可愛くて頭もよく運動も出来、目立つ女の子だったとい
う、ただそれだけの理由でした。今思うと、小学生で可愛い とか頭が良いと
か、かなりあやふやな基準、評価の様な気もしますが。
でも嫉妬の固まりと化していた私は、彼女のそばには近づかず、挨拶もしません
でした。
その当時、毎月曜日に全校朝礼が校庭で行われていました。いつも通りぼんやり
と話を聞いていたら、「県の緑のポスターコンクールで吉田時子さんが 入選し
ました。」と突然私の名前が呼ばれました。思いがけない事で驚きましたが、担
任に促され前に行き、校長先生から表彰状と絵の具セットを頂き ました。
朝礼が終わって教室に戻る間中、いつも一緒にいた子が「いいなあ。くやしいな
あ。私の方が絵が上手なのに。今度は私が絶対入賞してやる。」と延々 と負け
惜しみを言っていました。こういう時、入選を素直に喜んだら傲慢の様な気がし
てずっと黙っていました。そして下駄箱のところで上履きに履き 替えている
と、苦手な順ちゃんがニコニコしながら寄ってきたのです。そして本当に嬉しそ
うに「時ちゃん凄いね。おめでとう。」と言ってくれたので す。その時私は
「ありがとう」と素直に言えたのかどうか・・・。それから順ちゃんと仲良く
なったかというと、結局ずっと苦手なままで個人的に話を した記憶もありませ
ん。そしてずっとずっとそのことを忘れていました。
息が詰まりそうな毎日を過ごしていた私に、春がそんな昔の忘れていた記憶を突
然思い起こしてくれました。何故急に思い出したのかは分かりません。 でも順
ちゃんの笑顔とおめでとうの言葉が私を救ってくれました。今ならなぜ彼女があ
んなに皆に好かれていたのか分かります。
親しく会話を交わした事もない同級生。そしてこれからも会うことはない人。で
も今の私の大切な人。あんな風に素直に他人の幸福を喜べ祝福出来る人 であり
たい。この年になってやっと気づきました。
春が来るたび、私は順ちゃんの笑顔とおめでとうの言葉を思い出し、幸せな気持
ちになることでしょう。37年分の思いを込めて、あの時言えなかった 「あり
がとう」を順ちゃんに。