時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

パタゴニアの女子会

今日は風は強いですが暖かく、薪ストーブをつけていません。ただ老猫「福」には肌寒いようなので、16:00にはストーブをつけてあげようと思います。

来週の21日は春の日。瞬く間に月日が流れていきます。

 

週2回エルボルソンの町に行きますが、この時期は行く度に景色が大きく変わっています。

今は梅の花が満開です。

この木は町のメイン通りの中央分離帯に植えられていて、街を彩っています。

中央分離帯は広く、色んな木や花が植えられています。

今は梅の花。もう少ししたらチューリップ。夏にはルピナスや薔薇が咲きます。

草もこまめに刈っています。

夏はこの中央分離帯に人が寝そべり、マテ茶や地ビールを飲んだり、サンドイッチやエンパナーダなどを頰ばっています。

日本人の感覚からしたら、町の中心のこんな車の多い場所で飲み食いしたり、昼寝をしたりする事に抵抗を感じますが、こちらでは最高に落ち着く場所の様です。

特定の飼い主は居ないけれど、地域の人が餌をあげている地域犬達も、のんびりと昼寝を楽しんでいます。

 

日本語教室を閉鎖してから2年半になります。今のご時世、いろんな制約があって、もう教室を開催する気はなくなりましたが、日本語の先生をする、人と接すると言うことが、自分でも意外なほど楽しくやり甲斐のあるものでした。ですから今は条件の合う範囲で家庭教師を引き受けています。十代の子供の親御さんからの問い合わせがほとんどですが、半年前、同年代の女性から連絡がありました。ブエノスから国内移住してきた人で、日本語ではなくて、習字をしたいと言う希望でした。

私は別に書道の資格を持っているわけではありません。私の時代には(今でもあるんでしょうか?)義務教育で習字の時間が週一回ありました。また小学生の時は習字教室がブームで御多分に洩れず私も通っていました。ただそれだけ。賞を貰ったこともないし、習字は嫌いじゃないけど、夢中になることもありませんでした。

だから指導できることなんて何もないですと正直に話したのですが、ブエノスで6年間習字教室に通っていて、どうしても続けたいから教えて欲しいと頼み込まれました。

責任感のある人ならきっぱりとお断りするのかもしれませんが、勢いに飲まれやすく、何とかなるかな、と深く考えない、いい加減な私は、私にできる範囲で…とお断りして始めました。

唯一の利点は、日本の習字道具と、数年前ブエノスの日本人移住の大先輩から譲っていただいた習字のテキストを持っている事でした。

6年やってきただけあって、自分の筆も硯も墨も持っていて、基本的な筆使いも出来ていました。と言うか、私よりもずっと深く書道を理解していました。

習字をする時間を共有して楽しんでいましたが、彼女、ガビイが仏教に関心があり、般若心経を日本語で唱えられると知りました。

それならと、写経をする事を勧めてみました。私も般若心経をお唱えしたり写経をする事で、心を落ち着ける方法を学びました。悟りを開くとか、ぶれない心を持つには程遠いですが、「嫌だ、悔しい、羨ましい、妬ましい」と思う気持ちより、「嬉しい、有難い、幸せだ」と感謝することの方がずっとずっと多くなりました。

そうして毎回少しづつ写経を始めました。途中からガビイの友人スサーナも教室に参加しました。彼女は習字も漢字も初めてなので、筆の持ち方から始めましたが、とめ、跳ね、はらいなどの基本的な練習を根気よく3ヶ月続け、いまはテキストの最初にあった漢字「大地」を繰り返し練習しています。

ガビイもスサーナも同世代で、週一回ガビイの家で習字教室をし、月一回習字の後に持ち寄りで一緒に食事をしています。

人付き合いが苦手で一人でいる方が好きだったのに、お付き合いで仕方なくではなく、本当楽しんで友人と過ごしている自分に驚いています。

こう言うのを「女子会」って言うのかな?そんな言葉もう古いのかな?

人や動物は、周りの環境や一緒にいる人で、自分に自信を持ち、自分を好きになり、周りを思いやる気持ちが大きく育つのだと実感しています。それは年齢に全然関係なく、いくつになっても育っていくものだと思います。

この歳になっても育ててもらっている私です。でも私でもきっと誰かの心が育つきっかけになることが出来ると信じています。

歳を取るのはしんどい事もあるけれど、面白いことの方がずっと多いと感じています。

 

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教室の様子

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町の春