時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

幸せほかほか

きっかけは小さな事でした。

豆腐や味噌を買いに来てくれて仲良くなった新しい隣人ニカと、誕生日の話になりました。

時は8月の末。私の誕生日の10日ほど前でした。

アルゼンチンでは大人になっても誕生日というのは重要で、必ずと言っていいほど誕生日パーティーをします。私の知り合いの弁護士さんは、人脈も広く、毎週誰かの誕生日パーティーに行っています。

私はそう言うのが苦手でそれをみんなも分かってくれたし、子供はいないので子供がらみのパーティーは関係ないし、経済危機以来、大きなパーティーはせず、家族でお祝いする人も増えていて、最近では誕生日パーティーに呼ばれなくなって正直ほっとしていました。

それに「日本では子供の誕生日パーティはしても、大人はしないよ」と半世紀前の私の子供時代の習慣を持ち出して、その話題から逃げていました。

 

ところが今回は彼女の親友で、私も会った事のあるナリーが同じ日だったのです。

その時は「すごい偶然だね。面白いね。」で話は終わりましたが、2日後、信じられない事に、生活時間帯が違うので車ですれ違った事なんかなかった友人夫婦と狭い道ですれ違い、あいさつのため窓を開けると、ナリーが後部座席に乗っていたのです。

トキコ、私達同じ日に生まれたんだね」

開口一番彼女が言いました。

「年は一回り違うけどね。偶然だね」

そんな会話を友人夫婦は黙って聞いていました。

 

そして誕生日2日前、一通のメールが届きました。

「月曜日の夕食を招待します。ナリーも来ます。一緒に誕生日をお祝いしましょう。」

 

思いもかけない招待に嬉しくてドキドキしました。

 

突然の事でケーキの材料もなかったし、料理上手な彼女に私のいい加減ケーキを作っていくのも恥ずかしく、町でワインとチョコレートとケーキ屋さんでブラウニーを買って持って行きました。

 

行くと、ニカとナリーの他にも共通の友人が集まっていて、総勢9人でこじんまりと、でも優しく温かく誕生日をお祝いしてくれました。

(因みに、私の住むマジン地区ではコロナは別世界の出来事です。勿論感染者もいません。)

 

子供の頃は母がケーキを買ってきてくれ、プレゼントをもらっていましたが、友達を呼んで誕生会なんてした事ありませんでした(そう言えば学校で禁止されていました)。

 

ナリーが「願いを三つして吹き消すんだよ」と、ろうそくを吹き消しました。

私も私のためにニカが手作りしてくれた可愛いハートのケーキに立てたろうそくを、願い事を三つして吹き消しました。

 

私の願いは皆んなが健康で幸せで平和に過ごす事。

 

招待してもらうだけじゃ申し訳ないと、小さなプレゼントを何個か用意し、あみだくじをして同じ番号のプレゼントを受け取ってもらうと言うゲームを用意していきました。

あみだくじは日本語教室でやった時、みんなに大受けしたゲーム?でした。

今回も外れる事はなく大いに盛り上がり、面白がって、決して他の人と重ならないことを不思議がって、お箸とか、コマとか、靴下とか日本から買ってきた他愛もない小さなプレゼントを、大喜びしてくれました。

 

友達を作るのが下手で、主役になることも、中心になることもできない性格で、会話も弾まず、頭の回転も鈍く、機転も効かない自分に、一時は自己嫌悪がいっぱいでしたが、今は、「それが私。なかなか素敵じゃない。」と思う事ができます。

 

忘れられない誕生日になりました。

年を重ねるって、良いことに一杯出会うことなんだな。と実感しました。

 

与えてもらうだけ、受け取るだけの私ですが、これからはこのはち切れそうな豊かな思いを、少しづつ少しづつ、誰かに、どこかに、何かに手渡していきたいなと思っています。

 

来週晴れた日に、一気に畑の準備をしようと思っています。

快晴の日、猫柳の木の近くでワンワン羽音がするので見上げたら、ミツバチ達が花粉を集めていました。

パタゴニアの春は近いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ココナツハートのケーキ

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ナリーと一緒に