時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

「チリのプジェウ火山噴火」

6月4日土曜日夕方、国道40号線で観光シーズンではないこの時期に珍しく車が渋滞していました。よく見るとエルボルソンの検問所で 一台一台車を止めて警官が何か言っています。私の順番が来たので窓を開けると「バリローチェへ行くか?」と聞かれました。「いいえ。マジンに 帰ります。」と言うと何も言わずに「行ってよい」と言われました。バリローチェへ行く峠あたりで、また横転事故でもあったのかなあ?とその時 は軽く考えていました。
翌日の朝のニュースでチリのプジェウ火山が噴火したことを知りました。プジェウ はアンデス山脈を越えてすぐのチリの温泉町です。エルボルソンから250KMく らいの距離だったと思います。テレビは無いので映像が見られず、どんな規模の噴火か分かりませんでした。でもその日の2時頃、作陶をしていると「ずん、どん」と鈍く響くような音がしてきまし た。また近所の若者がロックを聞いているのか・・・とちょっとうんざりしていましたが、何となくいつものその音とは違います。窓を開けて聞い てみるともっと遠くから「どーん、どーん」と地面に何かを打ち付けるような音に聞こえました。マジンのどこかでビルでも建てるつもりなんだろ うか・・・?それとも何かを壊しているんだろうか・・・?
朝、火山噴火のニュースを聞いたばかりなのに、勘の鈍いとろい私はそれが火山噴 火の音に全く結び付きませんでした。
翌日日本語教室へ行くと、火山噴火の話題で持ちきりでした。エルボルソンから130KM先のバリローチェ、さらにその先、アンデス山脈沿いのビジャア ンゴステューラの町では火山灰が20CM以上も降り積もって大変 なことになっていると言うのです。その時になってやっと、土曜日の検問の意味と、昨日のあの音の正体が分かるというお粗末さです。
灰は風に乗って、ブエノスアイレスにまで飛んで行ったと言うのに、ここエルボル ソンは全く影響はありませんでした。
バリローチェは当然、ブエノスアイレスの国際空港も欠航が相次ぎ、多くの人に影 響が出ました。停電が続いた地区もありますし、人間だけでなく降り積もった灰で水が飲めず草も食べられず、餓死の危険にさらされた放牧羊や馬 が72万匹も居るという事です。
11日 の昼過ぎにも、窓ガラスが震えるくらい噴火の音が響きました。
不思議なことに、少しのことで大騒ぎする神経質な我が家の犬たちが、今回の火山 噴火の音には殆ど反応しませんでした。ですから私も不気味な気持ちはしましたが、不安は感じませんでした。
2000m級 のアンデス山脈を越えた場所での火山噴火で我が家の窓が震えたり、日本の地震でチリに津波が来たり。地球はひとつに繋がっているんだなあと、 改めて思いました。エルボルソンに灰は降りませんでしたが、輸送関係などで、これから徐々に物不足、値上がりなどの影響が出てきそうです。