時子のパタゴニア便り

1994年パタゴニア アンデス山脈の麓の村の5’5ヘクタールの土地に移住。ささやかな自然との暮らしの中で感じた事を書いていきます。

輝く未来

アルゼンチンへ来た当初、隣人の子供達が私を「TOKIKO」と、友達の様に呼び捨てするのにとても驚きました。日本では考えられない事でした。

この国には年上を敬う習慣が無いのかと、少し不愉快にもなりました。

でも直ぐに名前を呼ばれる事に抵抗が無くなり、かえって親しみを感じる様になりました。

例えば、知らない誰かに話し掛ける時は「sr.セニョール」「sra.セニョーラ」と呼びかけます。直訳すると「おじさん、おばさん」又は「旦那さん、奥さん」になるのでしょうが、意味合いは違います。日本では「すみません…」と言うだけで、名詞で呼びかける事はしないでしょう。

こちらでは自己紹介をしたら、「よろしく。Tokiko」「ありがとう。Tokiko」と言う様に直ぐに名前で呼びかけてきます。

これはとても親しみがあって気持ちが良い習慣だと感じています。そしてそれが小さな子供であっても同じです。

 

去年薪小屋が雪で潰れ、新しく作り直してもらいました。その時知り合った大工さんの子供達が大のアニメファンで、先日お父さんと一緒に遊びにきました。日本人と話せると言うことに興奮しているのが分かりとても可愛かったです。そしてアルメンドラ(アーモンドちゃん)が自分の8歳の誕生日に招待してくれたのです。

彼女からしたらおばーちゃんの年齢の私が…とちょっと戸惑いましたが、お父さんからも是非来て下さいと言われ、「ありがとう。喜んで。」と返事しました。

そして月曜日に行ってきました。

幸い彼女の両親とおばあさんとお友達の両親も居て子供だけではなくホッとしました。

私が来ると知っていたからか、それが最高のおめかしなのか、アニメのTシャツを着ている子が多くいて、12歳から2歳までの男の子と女の子10人くらいが、みんなでワイワイキャーキャー裸足で走り回っていました。

アルメンドラにプレゼントのガラス玉のネックレスをあげると、直ぐにつけて「綺麗!ありがとう。Tokiko」と抱きついてきました。そして大切にポシェットに入れた他の人からのプレゼントを見せてくれました。高価な物では無いけれど、みんなが彼女を思い用意した温かいプレゼントでした。

 

おばあさんが作ったクッキーと、お父さんが焼いたハンバーグとレタスとトマトをパンに挟んで食べて、お母さん手作りのケーキにロウソクを灯してみんなで誕生日の歌を歌いました。質素だけど手作りの心のこもった誕生日でした。

 

子供達が素直で生き生きとして可愛いと感じたのは、年齢も性別も関係なくみんなで走り回って、誰に教えられる訳でもなく小さい子の面倒を見たり、大きい子に甘えたり、犬も猫も鶏も同じ大地の上にいて、木々に囲まれた自然の中で大らかに生きているからなんだろうなと思いました。

 

子犬を育てて感じていたことが、アルメンドラの誕生日に行ったことでもっとはっきり分かりました。

それは子供の持つエネルギーの純粋さと力強さです。大人になるにつれて無くしてしまった、心の奥に仕舞い込んでしまった無垢な力を子供達は思い出させてくれます。側にいるだけでほくほくと元気が出ます。

 

もうこの世界に生まれ変わりたく無い。希望が無い。今の自分を楽しんで感謝して行くだけで良いと思ってきたけれどそれは間違いでした。今同じ時を生きている子供達には未来があります。動物だって鳥だって魚だって昆虫だって木や山や川だって同じです。

 

あまりにも大きな強い流れの中で、自分に出来ることなんて何も無いと思ってきたけれど、もう一度この世界に生きてみたいと思えるような未来を作らなければいけないと感じました。

それは自分に出来る小さな小さな小さな小さな事からで良かったのです。

 

農場を、居るだけで心が安らぐ、そんな場所にしていきたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

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ワクワクドキドキのケーキカット

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1ヶ月近く楽しませてくれたアマンカイの花ももう終わりです

 

新年の抱負

アルゼンチンのお正月は、1日は祝日ですが2日からはごくごく普通の生活です。一応「feliz año nuevo 新年おめでとう」と挨拶はしますが、普段の「おはよう」と気分的には変わりません。

ずっと(年が改まった気分が出ないなあ)と思ってきましたが、今年ふっと、それは私だけかも知れないと感じました。

私はラテン的にみんなと集まって、飲んで踊って歌って騒いで、と言う事が苦手で出来る限りそう言う場から離れてきました。静かにわんこ達と林の中で過ごすことが好きで、1人でも寂しいと思ったことはありません。でも街に行かないので知らなかっただけで、街の広場ではカウントダウンに人が集まりお祝いをしているそうです。

きっと南半球で生まれ育った人たちは、夏の夜、こうしてみんなで騒ぐことで年越しを感じているのでしょう。

 

夢は言葉にして人に言う方が叶うと言われています。でも数年前、夢を口にすると、それを壊そうと邪魔する人が必ず現れる。その力に支配されて叶わなくなるから、夢は口にしない方がいいと言うことを読みました。

その頃自分に全く自信が無く、自分の夢や希望を口に出す勇気もありませんでしたが、この言葉を知って益々怖くなりました。口にした途端、笑われて馬鹿にされて、お前に出来るわけないと否定されて、夢がどんどん萎んで汚されていく気がしました。

 

でも今は、どんなにけなされて貶されても「あなたはそう思う?ご意見ありがとう。でも私は夢に向かっていくから」と笑って言えるだけ図太くなってきました。

 

2021年の始まりに、習字で今年の目標、叶えていきたい夢を小さい事から大きな事まで書き出しました。やはり夢は声に出していった方が叶う気がします。ですからそれをここにも書きます。

今年の終わりにどれだけの夢が叶い、それをどんな思いで見ているかとても楽しみです。

 

1: バイオトイレ完成。出したものがきちんと大地に還せる様な、客人も使えるような本格的なトイレです。

2: 宿泊施設兼道場の基礎作り。この暮らしを体験したい人が気軽に滞在でき、ヨガなどが出来るスペースのある施設です。

3: もっと熱効率の良い薪ストーブ作り。今ある購入したストーブも気に入っていますが、薪の消費が少し多いので、薪の消費が少なく暖かいストーブ作り。

4: 日本語教室の再開。コロナでやめていましたが、家庭教師的にこじんまりと家庭的な教室の再開。

5: 自然を敬い、自然から学び、ここを愛してくれる仲間が集まること。

6: 焼き物窯焚きワークショップの開催。

7: ブエノス州の友人宅へ行って梅を収穫。本物の梅を使った梅干し作り。ここでは寒くて梅が実りません。

8: 不用品の整理。これは以前日本でブームになった断捨離ですね。

9: 豆腐と味噌をみんなに喜んでもらう。豆腐作り教室、味噌と豆腐の料理教室開催。

10: 階段を1人で降りられる。上を向いて歩ける。走れる。飛び上がれる。

11: 世界の安定と平和。生きとし生けるものすべての健康と平和。これはとても個人的なことで、人それぞれの価値観がありますが、誰もが心から笑える世界です。

12: 少食の実践。う~。これは中々難しいです。

13: 自家菜園の自然農法。簡単そうで難しいですが、3年は収穫が無くても続けます。

 

今年中には実現できなくても、確実に夢に向かって一歩を踏み出して行こうと思います。夢は叶えるためにあるのです。

 

2021年。絶対に有意義で楽しくて面白い一年になります。どんな状況にあっても、幸せは自分の心が決めるのですから。

 

今年もよろしくお願いします。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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帽子をかぶった可愛いリーキの葱坊主

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何の花か分かりますか? 人参です。

 

2020年 ありがとうございました。

2020年が終わります。

世界が大きく変わりました。最初は戸惑ったけど、あっという間にそれにも慣れて、困ったとか苦しいとか不安を感じることもなく過ごしています。

何が真実で、何が嘘で、どんな風にコントロールされているのか、誰がどんな目的で世界を動かそうとしているのか?

溢れる情報を見れば見るほど混乱します。

幼い頃から信じて常識だと思ってきたことが、「あれ?変だな。」「いやそれは違うよ。」と感じることの方が多くなってます。

ずっと握りしめていたものがありました。本当はもう手が痛くて嫌な臭いもしているのに変化が怖くて手離せませんでした。その手をばちんと叩かれて、思わず開いてしまって慌てたけれど、無くしちゃダメだと思い込んでいたものがこぼれ落ちたら、空になった手の中にどんどん思いもしなかった暖かい優しい思いが入ってきました。

変化は怖いです。先が見えなかったらなおさらです。だから取り敢えず我慢できる今のままでいいやと、思ってしまいます。でも今は、変化は面白いと思うことができます。困ったことや苦しいことも、それを解決していく自分を凄い!凄いよ!と褒めてあげられます。

 

日本ではおめでたいとされる松竹梅。今頃は門松が飾られてお正月気分を盛り上げていることでしょう。

パタゴニアにも松があります。松ぼっくりの化石があるので外来植物とは言えないはずですが、他所者で、自生の植生を壊す、他の植物の栄養を取ると、成長が早くタネでどんどん増えていく松は嫌われています。

農場内にも松が増えました。もう切ることができないほど大きく成長した木も多いです。あまりに成長が早いので、去年から申し訳ないと思いつつのこぎりで切れる大きさの木はどんどん切っています。

水分が多く長持ちせず柱などの材としては使えませんが、火力が強く炎が伸びるので、すぐに燃え尽きてしまいますが、窯焚きや、寒い日の薪ストーブには最適です。

また私は焚き付けには松葉と松ぼっくりを使います。未だに火をつけるのが下手な私でも、松葉と松ぼっくりはあっという間に火をつけてくれる力強い味方です。

パタゴニアの松。

数年前に日本人の建具屋さんが「ここの松は面白いな。松葉が三葉だ。日本の松は二葉なんだよ。」と教えてくれました。私はそんな事全然知りませんでしたし、考えて見た事もありませんでした。そして日本の職人さんは凄いなと感心しました。

松ぼっくりも大きいです。風の日に木からぼとりと落ちてきた松ぼっくりに当たったら怪我します。先が棘のように尖っていて痛いですし。

クリスマスツリーの飾り用に色をつけて売っている人もいます。

大松の下にはこんな大きな松ぼっくりがジュータンのように敷き詰められています。

夏の間にこれを拾って、朝一年中つける台所用薪ストーブの焚き付け用に大袋に何袋も詰めておきます。

木を切り、枝を整理し、運び、薪を割り、松ぼっくりを拾う。そんな作業が楽しいです。随分作業速度は遅くなって無理はできなくなったけど、動ける自分と、ここの自然達に感謝しています。

 

2020年にありがとうと言って終わろうと思います。そして2021年をありがとうと感謝しながら迎えます。

 

感謝する理由が分からないのなら、間違いは君の中にある

アメリカ先住民ミンクアス族の言葉です。心に響く言葉です。何時も噛み締めています。

 

今年一年、お付き合いいただいてありがとうございました。

2021年もどうぞよろしくお願いします。

誰もが幸せを感じる年が訪れますように。

 

 

 

 

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もっと大きい子もいます

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三葉の松葉

 

ラーメン食べました

家の裏口、露天風呂の周りのさくらんぼが赤く色付き始めています。

今年は春先低温でしたが、強い霜も降りずここ数日の雨で水分も十分で、小粒ながらもピチピチツヤツヤと鈴なりの実が輝いています。

剪定などしませんから大きく空に伸びた木は、よく日の当たる上の方にびっしりと実がなっています。梯子を使ってまで収穫しようとは思わないので、手の届く実だけを頂いて、後は小鳥たちがついばんでいくのを見て楽しもうと思います。

器用に実をくわえて運んでいく子もいて、そう言う子たちの意図せぬ種まきのお陰で、農場の思わぬ所にさくらんぼが生えています。

 

今回はパタゴニア日本食のお話。

日本食の代表と言えば、少し前までは「すし」でした。そして何故かすしと言えば魚、特に生魚と結びついていました。ですからホームパーティーで奮発して(すしの材料は高いのです)巻き寿司を作って持って行くと、私はキノコや野菜や卵を具にするのですが「生の魚は食べない」と見向きもしない人もいました。

でも今はアニメの影響か日本食志向の人が増え、ネットでの情報も充実してきて、家庭で日本人顔負けの美味しいすしを作る人も多くなってきました。材料もアボガドやカニカマや燻製サーモンなど、けちなわたしでは手の出ないような高価な材料を使います。すし用コシヒカリなんかもスーパーで売っていたりします。

誰が作るのか、詰め合わせ手作りすしパックが健康食のお店で売っていたこともありました。

すしの人気は相変わらずですが、最近では「ラーメン」も人気があります。

 

こちらではかん水が手に入らないので本格的な麺は作れませんが、それでも薬局で売っている炭酸水素ナトリウムを使ったりして結構美味しい麺を打つ人もいます。またスープにもこだわります。どちらかと言うとラーメンの決め手はスープだと思っているようです。

ラーメンを作ろうと言う人は研究熱心で、ネットでいろいろ調べ、材料も準備も手抜きせず、丁寧に作ります。でも殆どの人は本物ラーメンを食べたことがありません。

実は私、日本にいる若い頃ラーメンがあまり好きでは無く、ラーメン専門店に行ったのは札幌にいた時一回だけです。インスタントも殆ど食べませんでした。ですからとっても変わった日本人だと思っています。ちなみにカレーもハンバーグも好きではありませんでした。

 

話をパタゴニアに戻します。

先日味噌が大好きなお得意さんに、みりんやお酒を作りたいので麹が欲しいと言われました。麹菌を蒸した米で培養する、時間と手間のかかる私にとってはとても貴重な麹なので少ししか分けてあげられませんでしたが、とても喜んでくれ、お返しにラーメン試食会に招待してくれました。

その日は朝から鶏ガラスープを煮込んでいて、夕方7:00頃と言われて行ったけど、案の定出来上がったのは10:00近くでした。麺はブエノスの中華街で買ってきた中華麺。具は半熟卵と鳥の照り焼きと椎茸と昆布の煮付けとキムチ風野菜。

私はいつもは動物性タンパク質は食べませんが、この日は彼が丁寧に高価な材料で作ってくれたラーメンを頂きました。

味音痴でラーメンを食べたことがあんまりなくて、しかもビーガンの私ですが、彼のラーメンは「ラーメン」だと思いました。

一緒に食べたアルゼンチン人もみんな「美味しい!」を連発していました。

お喋りせず、最後の一滴まで啜っていたので、決しておせいじでは無かった筈です。

ラーメンを作って売りたいと言ったので、これなら人気出るよと返事しました。すしみたいにお持ち帰りできないのが難点ですが。

そして次回は菜食味噌ラーメンを作ってとお願いしました。

肉食の国アルゼンチンですが、最近では菜食主義や乳製品や蜂蜜も食べない本格的なビーガンも増え、豆腐や味噌の人気が上昇しています。ネット通販ではKoji(麹)まで売られるようになりました。(高価で注文する気が起きませんから、どんな状態なのか分かりませんが)

 

日本食ってなんなんだろう?と考えます。

こちらでは日本食は健康食という観念がありますが、美味しいけれど、すしやラーメンや天ぷらが健康食だとはあまり思えません。

麹を使った発酵食品、納豆、梅干し。気候も土壌も植生も違うから、日本と同じにはできないけれど、ここにあるもので日本の本当の健康食が広がるように工夫していかなきゃと考えます。が、考えるだけで何もしていません…。

 

でも私は本当の健康食って、遺伝子組み換えでなく、化学肥料も農薬も使わず、もっと言えば栽培管理しない有機肥料も使わない、自然の命の恵みを必要な分だけ頂く事だと思っています。

 

追伸

14日皆既日食が見られました。

生憎の曇り空で、太陽が厚い雲に隠れる時が多かったですが、あたりがセピア色に変わりました。

時々顔を出す太陽をサングラスをかけて眺めました。お月様が太陽の一部に重なる姿は遠い宇宙を身近に感じました。

 

 

 

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なかなか美味しそうでしょ?

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さくらん

 

私の先生

あれよあれよと言う間に2020年も後1ヶ月です。

 

パタゴニアは暑くなったかと思うとストーブを焚く寒い日があったり、強風が吹き荒れたり、穏やかな暖かい日になったり。

花が咲き、種になり、草がみずみずしく伸びて行き、近所の羊や鶏の子供が生まれ、餌を探して歩き回り、季節はいつもと同じ様に巡っています。

 

コロナの影響で日本語教室をしなくなって時間に余裕が出来たはずなのに、心のゆとりが無いのか、気がつくと、ライラックも山吹も野生ランも花が終わっていました。

今年はアミガサタケも一本しか見つけられず、ジャオジャオきのこも一回しか収穫しませんでした。タンポポの葉も花も食べませんでした。今は根曲竹の新芽の季節です。

季節に恵みを頂いてきちんと感謝していこうと反省しています。

 

ここで暮らして25年になります。

数年前、写真を全部処分しました。私の歴史の写真は私にしか意味がないものだし、逝ってしまった家族や友人や動物たちの姿を見るのは辛くてできないし、いつか私がいなくなった時に、知らない誰かにゴミとして処分されてしまうよりも、自分できちんとお別れしておいた方が写真も幸せじゃないかな?と思ったからです。

ですから写真を見て昔を懐かしむとか、変化に驚くとか言う事がありません。

今を今として暮らしています。

 

でも同じように季節が巡っていても、時々はっと驚くことに出会います。

先日、買い物をして街から帰ってきた時、荷物が多くて何度も家と車を往復しました。最後の重い荷物を運ぶ時、草ボウボウだけど玄関への近道を通ったら、以前の住人が植えた花が増えて咲いているのに気がつきました。

引っ越してきた最初の初夏、鉢に植えられた一株のこの花が咲いているのを見て、綺麗だなあと感動しました。そして毎年毎年咲いてくれる花を、可愛いなあと思い見続けてきました。

それが今回、何故か突然「凄い」と言う思いが湧き出てきました。

何の手入れもせず、鉢を変えてあげることもしなかったのに、いつのまにか大地に根を張り、株を増やし、沢山の花を咲かせていたのです。

「私と同じ年月を同じ場所で過ごしてきたんだ。25年間ずっと。」そう思うと、可愛いよりも、その命の輝き逞しさに凄いと感動したのです。

 

人の言葉や行動に感動することも多いけれど、何も言わず主張せず、ただ淡々と生きている自然の営みは、それに気づいた時、物凄い迫力で私に迫ってきます。

 

何かを残したい、褒められたい、感謝されたい。未だにそんなことを思う自分の貧しさを反省しました。

自然の一部としてここで生きているだけで充分じゃないの。悲観したり否定したり批判したり、そんな事やめようよ、自然に任せて生きていこうよ。花たちは私にささやいてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なんて言う花なんでしょう?

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マキと言う自生の木の花。紫の甘い実になります

 

熱かったね。ごめんね。

本格的な暑さと旱魃にはまだ早い11月なのですが、今年は例年になく乾いて太陽光線の強い日が続いています。

恒例の様になってしまった山火事です。燃え始めると手がつけられず、雨を待つしかない状態まで広がります。原因の殆どが放火と言うのが情けないです。

 

以前に書きましたが、私は電磁波が嫌で朝夜の1時間程度しかwi-fiを繋いでいませんでした。

 

それは風の強い快晴の暑い日でした。

お昼過ぎに近所(と言っても、歩いて20分位)の友人が突然やって来ました。

「こんにちは。こんな時間に珍しいね」と挨拶すると、「大丈夫か?」と緊張した様に聞かれました。

「?」

「メンデスのところで山火事なんだ。このすぐ近くだろ。」

「ええ~!」

 

ここらは一軒の敷地が広く、近所といっても日本の様に家と家が密着しているわけではありませんが、メンデスは歩いていける近いお隣さんで、街に行く時に必ず通るところです。

びっくりしました。

その友人は火事の速報が入った時、我が家のすぐ近くだと言うことで直ぐに連絡をくれたのですが、wifiを繋いでいない私につながらず、何度連絡しても返事がないので、心配して駆けつけてくれたのです。

丁度彼と話している時、彼の緊急用トランシーバーに火事の続報が入り、鎮火されたと分かりホッと顔を見合わせました。

「何かあったら連絡してくれ」と言って、彼は火事の処理のために現場へ向かいました。

 

その直後停電となりました。

家の敷地を回ってみましたが、とても近所で火事があったとは思えない静けさです。

煙も見ませんでしたし、灰が降って来る事もありませんでした。

消防車の来る音や消火の騒ぎも聞こえません。

 

しばらくすると、別の友人が様子を見に来てくれました。私の思ったメンデスではなく、もう一人の別のメンデスの林が燃えたそうです。我が家から道で繋がってはいませんが、直線距離にすると1キロあるか無いかのご近所です。

 

我が家は火事現場の風上だった事で灰も匂いも届きませんでした。

また地形的にも窪地の我が家からは木々に遮られ炎も煙も見えませんでした。

我が家は現場より奥にあり、車や人も近くを通る事はありませんでした。

ですから私は平気でいられたのです。もし煙が見えたら、騒ぐ音や声が聞こえたら、と思うと恐ろしくなりました。

 

電気が復旧してからwifiをつけると、「大丈夫?」「必要なことがあれば言って」など沢山のメッセージが入っていて、事の大きさを再認識しました。

 

現場からの距離は我が家と同じくらいだけど、位置的に反対側に住む隣人の所では、匂いがして煙も見えて、一時はパニックだったそうです。

 

植林の松林を中心に7ヘクタールが燃えましたが、幸い人家に被害はなく、怪我人も居なかったそうです。原因は電線工事中の作業員が、しっかりと処理せず昼休みに行って、風に煽られて電線がショートして火事になった様です。

 

人が増え、ゴミが増え、野鳥が居なくなり、森が姿を消しはじめ、雨が降らず水不足になり、鬱憤を晴らすとか、得をしよう(燃えた木は薪として売れますし、焼けた土地は許可なしでも土地売買ができますし、消火活動をしたら州からお金が出ますし…)と思って放火する人がいて、もうそんな事にうんざりして、いっそ隕石でも落ちて来て、一瞬で全てが消えてしまえたら良いのにと思う事もありました。

でも世界を変えたり流れを変えることが出来なくても、私だから出来ること、私にでも出来る事があるから、今私がここにいるんだと思ったのです。

1匹のミツバチでも、一本の草でも、一羽の鳥でも、一滴の水でも、私がいる事で少しでも救われたのなら、私がここで生きている価値が見つけられる気がします。

でもそんな事以上に、私はここに居られる事で、私自身が大きく救われているのです。

生きていくことはしんどい事もあるけれど、生きているから感動でき、感謝でき、楽しめるのです。

今ここに生きている事を大切にしていきたいと思います。

 

以前は道端に野草の様に広がっていたルピナスも、気候変動でかほとんど見かけなくなりました。写真は公園で大切に育てられている箱入り娘のルピナスです。

 

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山火事後

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ルピナス。こちらではチョチョとも呼ばれています

 

歯医者行ってきました

今日は空が青く澄んで、風もなく穏やかで、暑くも寒くも無く、静かで、小鳥のさえずりやミツバチの羽音が聞こえ、涙が溢れるくらい気持ちの良い平和な1日です。

満開だった林檎も、微かな風にもハラハラと花びらを散らし始めました。このまま遅霜さえ降りなければ何年振りかで大豊作となりそうです。

エニシダの花が咲きました。道沿いを黄色く染める季節です。

ルピナスも日当たりの良い場所では花をつけました。

林の中では野生ランが甘い香りを漂わせ、ライラックも空に向かって花を咲かせています。

 

畑の中では冬を越した「カル」と言う野菜や大根、ルクラの花が咲いています。人参もリーキもブロッコリーもキャベツもセロリも、もう直ぐ花をつけそうです。ここで育ってきた野菜たちです。種を守っていこうと思います。

 

11月です。2020年もあと2ヶ月です。

とても不思議で思いもしなかった年になっています。去年の今頃は海外からのボランティアを受け入れ、一緒に生活しながら農場の仕事を手伝ってもらっていました。

驚く事やちょっと“むかっ”とくる事もあったけど、それも良い経験。それよりも楽しく充実した思い出いっぱいの夏を過ごしました。

今年はどんな出会いがあるのかと楽しみにしていたのですが、アルゼンチンは未だに国境、州境の閉鎖が続いています。

 

農場を出てエルボルソンの街に居ると、大きく変わってしまった生活を感じますが、農場にいる限りはそういった事を殆ど感じません。

薪を準備し、畑で種を蒔き水やりをし、露天風呂に入り、犬達と遊び、豆腐や味噌を作り、ずっとずっと続けてきた私の大好きな日常があります。

 

さて今回はコロナ禍での歯医者のお話。

 

お昼にサラダを食べているとカリッと歯に当たる物がありました。

嗚呼…またか…。

すぐに分かりました。歯の詰め物が取れたのです。飲み込まないように慎重に口から冠を取り出します。今回は右下の奥歯でした。

「いやあ参った。」

これはいつもの感想。

私は基本的に病院には行きません。車の免許書き換えの時くらいしか病院に行ったことがありません。薬も飲みません。対処治療をせずに済む無理せず休みたい時に休める生活ができます。歯医者も実は行きたくないのですが、こればかりはどうにも出来きず、一年に一回はお世話になっています。

こちらの歯科医院は先生一人で、助手も歯科衛生士さんもいません。また基本的には一回の治療で直します。

麻酔がきついのか、一度打つとひどい時は一週間くらい痛くて痺れた感じが残ります。ですから麻酔なしでと言う人もいますが、痛がり怖がりの私は、後で痛くても治療中の痛みを我慢するなんてとても出来ません。

 

コロナ禍で診療しているか不安でしたが、いつも行く歯医者さんで奇跡的に5日後に予約が取れました。平静なら1ヶ月先なんてザラです。

朝一番の予約で行くと、受付のおばさんが「先生はいつも20分くらい遅く来るから」と当たり前のように言うのです。まあ仕方ないか…。

待っている時に、ガーゼのようなもので作った上着を着せられ、靴にも靴カバーを渡されました。でもどう見ても使い回し。意味あるのでしょうか?

 

遅れて来た先生はフェイスシールドを付けて治療開始です。

私が外れた冠を渡すと、「飲み込まなくて良かったわね!日本の?凄く綺麗に作ってあるね。」と感心していました。

確か20年近く前、保険で治療した時のものです。そして歯と冠を綺麗にして元どおり詰め直してくれました。麻酔もせずに済みました。

めでたしめでたし。10分ほどの治療で2500ペソ。日本円でおおよそ3300円くらい。保険なしの治療で日本では安いと感じるかもしれませんが、私の生活では一週間分の豆腐の売り上げに匹敵し、高額でした。

でもまさか自分でボンドで引っ付ける訳にはいかないし、冠を飲み込まなかっただけ幸運です。

 

この先、年とともに今までとは違う変化が訪れると分かっています。体調不安を憂うより、歯が抜けても、重い物が持てなくなっても、平衡感覚が無くなって転んでも、老眼が進んでも、「ガハハハ」と笑っていられるだけの豪快さを身に付けたいと思います。

 

 

 

 

 

 

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こんな感じ

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畑の中から